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おかわり! ~お屋敷を追放されたかわいそうな私と料理長は異世界を食べ歩きます!~  作者: 安井優
3品目 ベ・ゲタルと新たな挑戦

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116.二人の珈琲ブレイク(2)

「……ん! おいしいです! やっぱり苦くなくて、飲みやすいかも!」

 二人で()れた珈琲(カフィ)は、なんだか格別においしい。


「自分たちで収穫した豆を使ってますから、余計にそう感じるのかもしれませんね」

 ネクターさんからも自然な笑みが漏れる。それが何よりうれしかった。


 言うなら今しかない。

 私はカップから口を離し、二度、深呼吸を繰り返す。

 よし。


「ネクターさん」

「なんでしょう?」

「私、ネクターさんには何にもないなんて、思ったことないですからね」


 ネクターさんは目を丸くした後、その目をゆっくりと伏せる。

 珈琲(カフィ)に口をつけてしばらく黙り込んだネクターさんは、やがてカップをテーブルの上へと置いた。


「……空っぽの自分をごまかしているのですよ」

 苦々しく呟かれた言葉は、珈琲(カフィ)の暗闇に溶けていく。


「今まで、僕には料理しかありませんでしたから。今の僕に何があるのか、分からないんです。だから、取ってつけたような知識だけで身を固めているんです」


 ネクターさんは苦笑すると「お恥ずかしながら」と前置きをして長く息を吐いた。

 言うか、言わまいか。彼はしりごみしているようにモゴモゴと口元を動かして、最後には腹をくくったのか顔を上げる。


「もう良い年をして、お嬢さまに嫉妬(しっと)しているのかもしれません。何事にも全力で、たくさんのことを吸収して、どんどんと立派になられていくお嬢さまが、まぶしくて……うらやましいのです」


「私がうらやましい?」

「えぇ。まっすぐ、ひたむきに、何事も楽しみながら前へと進んでいけるお力がおありでしょう。僕にもそんな時期があったのですが……もう、その時には戻れませんから」


 ネクターさんの瞳には、諦めの色が浮かんでいた。

 過去に戻ることは出来ないけれど、たいていのことは今からでも出来るのにどうして。

 それとも、大人になると何かを楽しむことも難しくなるというのだろうか。


「……すみません。愚痴のようなことを。ご心配をおかけするつもりはなかったのですが、最近のお嬢さまのご活躍に、どうしてもそのような気持ちが沸いてきてしまって」

「愚痴でも良いです! ネクターさんと、こういうことをちゃんとお話することって、少ないから……。私に出来ることがあれば、何でも言ってください!」


「いえ。お気遣いなく。ありがとうございます。お嬢さまをわずらわせてばかりで、付き人失格ですね」

 ネクターさんは力なく笑うと、もう一度珈琲(カフィ)に口をつけた。そのまま苦みを味わうようにゆっくりと飲み干して、「本当にすみません」と頭を下げる姿が痛々しい。


「お嬢さまはどうか、何があってもそのままでいてくださいね」

「なんだか、ネクターさんには何かがあったみたいな言い方に聞こえます」


「そう、ですね……。ですが、お嬢さまはお気になさらず。僕のことですから。付き人として、僕も出来る限りのことをさせていただきます。お嬢さまに仕えるとお誓いした身ですから」


 ネクターさんの過去に何があったのか、今なら教えてくれるんじゃないかと思っていた。

 けれど、彼はやんわりと優しく遠回しな言葉で拒絶を示すばかりだ。

 私も無理に聞くつもりはない。さすがにこれ以上は踏み込めなくて、大雨が、雨に変わった程度でしか進展はしなかった。


 人付き合いってこんなに難しかったっけ。

 どうしてだか、一番長く一緒にいるネクターさんとは本当の意味で心が通わない。

 焦りは禁物。まだまだ旅は長いのだ。少しずつ知っていけばいい。


 自分にそう言い聞かせて「わかりました、ありがとうございます」とネクターさんに頭を下げる。

 完全に解決したわけではないけれど、話してすっきりしたのか、ネクターさんの表情が少しやわらいだだけでも良しとしよう。


「この珈琲(カフィ)は、飲みやすくておいしいけど……やっぱりちょっと苦いですね」

 お砂糖もミルクも入っていない珈琲(カフィ)は、まるで今の私たちみたいだ、と思う。


「砂糖とミルクをお持ちしましょうか?」

「いえっ! 大丈夫です! 何もいれずに飲むことって中々ないので、しっかり味わいます!」

「わかりました、ご無理はなさらずに」


 ネクターさんはふっと微笑んで、空になった自らのカップへ視線を落とす。

「……苦みも、おいしいと感じられるようになる日がくるのでしょうか」


 私に対しての言葉なのか、それとも自分自身の過去に対しての言葉なのかは分からなかったけれど。

「きっと」

 私がうなずくと、ネクターさんは微笑した。



 *



 その日の夜。

 私は、部屋で一人、占い屋さんでのことを思い出していた。


 良く当たると常連のお客さんが言っていた占いは、確かに当たっているような気がする。

 私の引いたカードは花と雪。なんらかの成果として努力が花開く、というのはセージワームコンテストの結果がよく示している。

 ネクターさんの雨と、私の雪は、まるで今の状況を表しているみたいだし。


 占いをしてくれたあのお兄さんは、なんて言ってたんだっけ。

 ネクターさんと一緒に旅を続けたいと思うなら、しっかり向き合って、みたいなことを言っていた気がする。


 今日はちゃんとお話も出来たと思うけれど、思っていたよりもネクターさんとの仲は縮まらなかった。

 良くてまだ雨か曇り。雪解けとまでは行っていないような気がする。

 もちろん、そう簡単にはいかないんだろうけど……。


「それに……」


 もしも、だ。この占いが本当に当たるというのなら、ネクターさんのもう一枚のカード。お兄さんは「重要な出会いがある」と言っていたはずだ。

 今のところ、ネクターさんがそんな出会いを果たしたようには思えないけれど。


「……ネクターさんとのことも気になるし……もう一度、お兄さんに聞いてみようかな」


 占いに頼るわけではないけれど、なんとなくひっかかる。

 それに、あの占い屋さんのお兄さんなら、ネクターさんとのことも何か良いアドバイスをくれるかもしれない。

 もう一度、あの占いのお店『シラントロ』へ行ってみよう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うーん、やっぱり一気に、とは行きませんかぁ。ネクターさんもなかなかに重傷みたいですからね。しかしフランちゃんが眩しいと思う気持ちは、凄く解る。歳を取ると、どうも色々と諦める癖がついてしまっ…
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