103.貴重な出会い、オツカレー
スパイスの濃厚な香りが鼻を刺激する。見た目にも、ゴロゴロとしたお野菜がたくさん入っていて、それがベ・ゲタルらしさを感じさせた。
「今日のおまかせはオツカレーだから。おかわりはしないで」
「へ?」
お疲れ? おかわりはしないで?
何を言われたのかさっぱり分からなくて、カレーを前にぽかんと口を開けてしまう。
「オツカレー。食べ過ぎると後でおなか壊すから。おかわりはなし」
「えっと……? お疲れ?」
「お嬢さま、おそらくですが、お疲れじゃなくて、オツカレーかと……」
「乙草を使ってるカレーだから、乙カレー」
「聞いたことないです、ベ・ゲタルでは有名なんですか?」
「いや、乙草は紅楼の香辛料。たまたま手に入ったから使ってみたんだけど。後から辛さがくるし、食べ過ぎると胃があれる」
店員さんは身をもって知ったと言うように苦虫を噛みつぶしたような顔で肩をすくめた。
「食べながらでも話くらい聞けるでしょ。とりあえず、冷める前に食べたら?」
「あ! そうですね! それじゃあ……」
「「我らの未来に、幸あらんことを」」
私とネクターさんが両手を組むと、店員さんは目を細める。
「聞いたことがない挨拶だ」と小さく呟いていたけれど、私たちに早くカレーを食べてもらいたいのか、どこから来たのか、とは聞かなかった。
私は早速、スプーンいっぱいにご飯とカレーのルーをすくいあげて……ぱくり!
「ん!」
あれっ⁉ 辛くない!
深いコクとスパイスの旨味が口いっぱいに広がって、むしろまろやかに感じられるくらいだ。
「これ……! おいしい~っ! 全然辛くないです! むしろ味もすっごくまろやかで濃厚だし! すごく食べやすいじゃないですか‼ お野菜も甘いし、このスパイスのほどよい辛さとマッチして……本当に最高です!」
このルーのコク! 普通のカレーよりも、もっと味が濃いというか……スパイスがたくさん使われているのか、とにかく深みがある! いろんな味がルーに溶け込んで、辛さの中にもお米の甘さやお野菜のみずみずしさが際立つような。
「すごいです……! 味が何層にも重なってるみたいな……」
口にいれた瞬間はどこか甘さも感じるくらいなめらかな口当たりなのに、食べ進めるとお肉のジューシーな旨味が広がって、最後にピリリとスパイスの辛みが味を引き締めている。
「す、すごいね。そこまで言われるとは思わなかった」
店員さんは褒められて照れている、というよりは驚いたようにこちらを見つめていた。
あまりのおいしさにパクパクと食べ進めてしまう。
もう残り半分しかない。おかわりが出来ないなんて……と無念にうちひしがれていると、突如隣から「お嬢さま」と声がかかった。
「イーソウ……乙草は辛さがかなり遅れてやってくるんです。だから、あまりたくさん一気に食べると……」
「そうだね、珈琲を出すよ」
ネクターさんが焦り、店員さんが思い出したように奥へと戻っていったその時――
「あっ!」
まるで火山が噴火したかのような衝撃が、突然食道のあたりから口の中まで広がった。
「か、から‼ 辛いです! え、ちょ、ちょっと! 待ってください! 辛いぃっ!」
ひぃぃ、と息を吐いてサイダーを飲む。パチパチとはじける炭酸が、再び口の中で辛みを引き立てて、口の中が余計に痛む。
「今なら火が出せます‼」
「お嬢さま! 落ち着いてください! 僕も最初に言っておけばこのようなことには! 本当に申し訳ありません!」
辛さのあまりジタバタする私と、そんな私に向かって机に頭がついちゃうんじゃないかってくらい深く頭を下げるネクターさん。
まさに地獄絵図だ。
「……間に合わなかった?」
店員さんは唖然とそんな様子を見届けて、「大丈夫だから二人とも落ち着いて」と私たちの前に珈琲の入ったカップを並べた。
「な、なんで珈琲なんですか⁉」
ベ・ゲタルのものはそうでもないけど、辛くて苦しんでいるところに苦いのなんて!
「珈琲は辛みを鎮めてくれるんだ」
だから、早く飲んだ方がいいよ。
そう促されては、私も背に腹はかえられない。
カップを手にして、ごくり。一口、珈琲を飲むと、瞬間、口の中の辛さがするりと引いていった。
「どう?」
「……か、かなりマシになりました……」
「そ。良かった。ゆっくり食べた方がいいよ」
「ありがとうございます……」
ふぅ。ほっと一息ついて隣を見ると、ネクターさんもようやく正気を取り戻したのか、それとも私が落ち着いたことで安堵したのか、胸をなでおろしていた。
「こんなにおいしいのに……こんなに辛いなんて……」
おそるべし、オツカレー。
「さっき、乙草って、言ってましたよね? 紅楼ではこんなに辛いのを食べるんですか?」
「そうですね……。紅楼では、比較的メジャーな香辛料の一つかと」
私の質問に答えたネクターさんは、私に魔法のカードを要求すると、慣れた手つきで操作していく。
数秒もたたぬうち、ポコン、とカードの仮想スクリーンに真っ赤な宝石が浮かび上がった。石の中に植物が閉じ込められていて、なんだか神秘的だ。
「この石の中にある植物が、乙草……別名、イーソウです」
「え! この植物が⁉」
「はい。この赤い宝石は乙鉱石ですね。活火山からとれる石です。イーソウは、この石の中で成長します。成長過程でマグマのエネルギーが凝縮され、それが生命の源……熱を生み出す辛味の成分をたくさん蓄えているとされているんです」
「ほぇぇ……」
「先生みたいだね」
私と店員さんで感心の声を漏らせば、ネクターさんは少し照れくさそうに微笑む。
「まさかベ・ゲタルで食べることになるとは思いませんでしたが……ベ・ゲタルの香辛料と合わせて、カレーにするというのは良い発想ですね」
魔法のカードを私に返すと、ネクターさんは自らのメモ帳に何やらメモを書き留めた。
ネクターさんがまた料理長に戻るのかは分からないけれど――こうして、勉強熱心なネクターさんの姿を見ると、お料理のことが嫌いになったわけではなさそうだ、と思う。
「なんだか、貴重な出会いですね! 辛いけど、本当においしいです!」
私は、アオの分のカレーも分けてあげながら、辛さを楽しみつつ、オツカレーを食べ進めた。
今回登場した『オツカレー』は、以前Twitterにて #おかわりしたい異世界料理 で募集させていただいた沖田ねてるさんのアイデアを使用させていただきました*
皆さま、おいしく楽しんでいただけましたでしょうか??
沖田さん、素敵なアイデアを本当にほんとうに、ありがとうございました!
その他にもたくさんのアイデアをご応募くださいました皆さま、本当にありがとうございます♪♪
今後も #おかわりしたい異世界料理 にて募集させていただきます! ふるってご参加いただけましたら幸いです*
これからも何卒よろしくお願いいたします~!




