10.食べ歩きなんてどうですか?
「はぁ~っ! おいしかったです!」
限界まで食べておなかいっぱい。ポンポンと自らのおなかを軽くなでる。料理長も隣でほうと息を吐いた。
「こんなに食べたのは久しぶりです」
「料理長は普段、あんまりご飯食べないんですか?」
「えぇ、まぁ。その、僕は料理を作る方が好きなものですから」
料理をする人はてっきりご飯を食べるのが好きなものだとばかり思っていたけれど。
でも、私みたいにご飯を食べるのが好きでも、お料理が出来ない人もいるもんね。
宿までの道をゆっくりと歩きながら、隣を歩く料理長を盗み見た。……つもりだったけれど、料理長がこちらを向いたので、自然と視線がぶつかった。
この人、敏感だな。やっぱり、イケメンだといろんな人に見られることが多いから?
特に話題があった訳ではない。ただ、なんとなく見てただけ。
だから、どうしようかと気まずさをごまかして、私はにへらっと笑う。
「お嬢さまは、本当にお優しいのですね」
「……はぇ?」
まさか料理長の方から話しかけてくるとは思ってもみなかった。しかも、それが突然の褒め言葉では、私も変な声をあげてしまうというもので。
「いえ。僕のせいでお屋敷を追い出されてしまったというのに、お嬢さまは文句一つおっしゃられないではありませんか。それどころか、こうして一緒にお食事まで……」
料理長はしゅん、と音がしそうなくらい目を伏せる。まだ気にしてるのか、この人。
「いつまで言ってるんですか? 料理長のせいじゃないですよ! それに、私は今日一日、料理長と一緒にいろんなものを食べれて楽しかったです!」
「お嬢さまは、先ほどもそうおっしゃってくださいましたが……」
「何度でも言いますよ! 料理長が信じてくださらなくても、嘘じゃないですし」
本当にいろんなことを教えてもらったのだ。
ご飯を食べることは好きだったけれど、食材のことやお料理のことを知ることができて、もっともっとお料理自体が好きになった。
「料理長と一緒にご飯を食べてるだけで、かしこくなった気がします! もっと、お料理のことも、シュテープのことも、たくさん知りたくなりました」
それに、どうしてかは分からないけれど。今日一日、料理長と一緒に過ごした今なら、これがきっと、お母さまやお父さまの言っていたことなんだろう、って気がする。
少なくとも、今日教えてもらったことはずっと忘れない。楽しそうに語る料理長の顔まで思い出せる自信がある。
だから、こうやって二人で一緒にいろんなものを食べて、いろんなものを見て過ごしているうちに、お母さまやお父さまの言う「家業を継ぐにあたっての必要な知識」とやらが身につく気がするのだ。
……ん? ということは……。
「そうだ!」
良いことを思いついた、と料理長の方へ体ごと向き直ると、彼はキョトンと首をかしげる。
無言の返事が、私に続きを促していた。
「料理長! 食べ歩きなんてどうですか?」
「食べ歩き?」
「私たち、せっかく魔法のカードを持ってるんだし。これがあれば、お金には困らないんですよね⁉」
魔法のカードをカバンから取り出す。じゃじゃーん! 料理長に見せつけると、彼はまだ意味が分からないのか「そうですが」と曖昧な返事を一つ。
「だったら! せっかくですし、いろんな国に行って、世界のお料理を食べ歩く旅をするんです! 楽しそうじゃないですか⁉」
そう。お母さまはこうも言っていた。
この国のことだけではなく、周辺の国のことも知りなさい、と。
つまり!
シュテープだけじゃなくて、周りにある国、クィジン大陸……は言い過ぎだけど、プレー島群にある国くらいは見てまわっても怒られないはず!
私のドヤ顔に、料理長は不安とも困惑ともつかぬ色を顔に浮かべる。
どうやら即座に否定を出来ない程度には、料理人にとって魅力的な提案だったらしい。
何度かモゴモゴと口を動かし、最後は神妙な面持ちにおさまった。
「異世界料理を食べ歩く旅……ということですか?」
「そうです! 料理長と行く、異世界お料理食べ歩き旅! あ! ねぇ、超いい響きですよ‼ これはバズリます! しかも、想像しただけでよだれが出ちゃいそうです‼」
「バズ……?」
「人気パッケージツアーになること間違いなし、ってことです!」
「本気ですか⁉」
「はい! 決めました! 料理長だって、料理を知れば、文化やなにかがうんぬんかんぬんで勉強になるって言ってたじゃないですか!」
「……全然聞いてないじゃないですか」
料理長は俄然眉をしかめた。おそらく、私が『お嬢さま』ってこともあって、分かりやすく否定はできないのだろう。
あくまでも遠回しに「そんなことをしなくても」と表情で語る。
「私だって、考えなしって訳じゃないですよ」
「と、いうと?」
「プレー島群の国って、言葉はほとんど一緒なのに文化は全然違うから旅行初心者にはちょうど良いらしいんです!」
「つまり……」
「私向きです!」
「お嬢さま向き、だと」
ぴたり。声が重なる。
なんだ、料理長も分かってるんじゃない!
「完璧じゃないですか? よし、そうと決まれば……」
「お待ちください、本気でおっしゃってるんですよね⁉」
「もち!」
「もち……? まさか、準備も何もなしで?」
「さすがに準備はします!」
私をなんだと思っているんだ。手ぶらで旅行はしないよ。
そもそも料理長だって、ずっとコックコートじゃ目立っちゃうし。私だって、旅行に行くなら新しいお洋服くらい欲しい。
「まずはこの国のことももっと知らないといけないので、出発準備もしつつ、この国のことも勉強しつつ、です!」
これなら文句もあるまい。
私が「決まりです」と宣言すれば、料理長は呆れたように息を吐いた。
てっきりその後、二、三お小言が続いたり、料理長お得意のネガティブなお言葉をいただいたりするのかと思ったが。
「分かりました。お嬢さまがその気なら、僕もお供いたしましょう」
サラリと一言。了承の意を唱えるばかり。
「ほんとに⁉」
良いんですか、と目を丸くすれば、料理長はちょっぴり演技がかった笑みを浮かべて肩をすくめる。
「地の果てまでもお嬢さまについてまいります、とお誓いいたしましたから」
旅は道連れ、世は情け。
これが、お屋敷を追放されたかわいそうな私と料理長の、異世界料理食べ歩き旅。そのきっかけとなった夜のこと。
不思議なご縁が巡り合い、私たちはこうして二人、新たな一歩を踏み出した。




