ep.6 秘密
私は、彼女の声に耳を傾ける。
「例の遊戯のことなのだけれど」
その単語を聞いた瞬間、私は過去に見た光景がフラッシュバックをした。耳をつんざくような、苦しむ子どもの声がする。
「いやぁぁ!!」
「だれか……助けて!」
思い出したくない、胸を締め付けられる光景。
彼らは、私たちとは反対に奴隷階級の子どもたち。階級社会が根強いネルシア王国では、貴族もいれば一般市民もいる。そして、奴隷階級までもが存在していた。
だれか、ウソだと言って欲しい。そう願ったのに、これは悲しい現実で。しばらく、食事がノドを通らなかったものだ。
一般市民でも、この国に奴隷階級が存在していることは知っている。むしろ国としては、市民も把握していた方が都合がいいらしい。なんでも、悪いことをすれば奴隷階級へと落とされるから、善良市民でいようとするのだそう。
それに、奴隷階級が詳しくどんなことをさせられているのか知らないでいる。
多くは肉体労働を強いられ、子どもにまでそれは及んでいた。そして、なによりも……遊戯だった。
「私もはじめて、参加をしたのよ」
「エレーナ……」
私はずいぶん昔に連れて行かれ、実はこれで何回か参加させられていた。毎度、胸を引き裂かれそうな思いでその場にいた。
だから余計に、エレーナの曇る表情がよくわかる。
「いい気分じゃないって、そういうことだったのね?」
あんなに楽しげにここへ連れてきたのに、話す内容は全く楽しくない。それもエレーナの戦略なのかもしれない。ここへだれも寄せ付けないために。
私は返事もろくにせず、こくんと頷いた。
「そっか……」
独り言のように呟き、頬杖をついて遠くに意識を連れて行ってしまった。
この遊戯こそが、私が女王になって変えたいことだった。
幼い頃に赤い小山で読んだ一冊の海外の絵本。この本には、海外の神さまについて書かれていた。
産まれてくる子どもは、誰でも愛を受けるべき。と唱える神さまが描かれていて、その周りには楽しそうにしている子どもの姿。
このネルシア王国は、ちがう。
階級社会をいいことに、奴隷階級の子どもを見せものにして殺し合いをさせる。残った強い子にも、薬物を飲ませて狂う姿を楽しむという。
さらには、この薬物は人体実験という名目。我々が口にする風邪薬なんかも、こうして出来たというのだ。
奴隷は奴隷らしく……なんて、理解しえない。でも、そんなことは女王にしか変えられない法律。
蔓延した歪んだ世界は、人々を狂わせる。おかしくなった人は、これが異常だと気づけないらしい。むしろ、楽しくて仕方がないのだとか。
「おかしい……って思う私たちが、変なのかしら?」
遠いところを見つめるエレーナが、私に質問を投げかけてきた。彼女の瞳には、なにが映っているのだろうか。私は、エレーナの方へと手を伸ばした。指先が頬を掠め、さらりと頬のパウダーと大粒の涙を拭った。
「おかしくなどありませんわ。私が、女王を目指す理由はそれですもの。もう私たちで、この遊戯を終わらせましょう」
私まで、思い出すと息苦しくなって指が震えてしまいそうだ。
平和にも感じさせる、空高く響く鳥の鳴き声が聞こえてくる。
花々が美しく咲き、華やかな国でもあるネルシア王国。光あるところには影がつきもの。大きな黒い影は、表には出ずにひっそりとその存在感を強くしていた。
指先の涙は乾き、反対に私たちの心はお互いの気持ちで潤った。
私の方に顔を向けたエレーナは、にこやかな笑みを浮かべた。そして、立ち上がる。私は、エレーナの動きをじっと見つめる。大きな衝撃を受けたばかりだというのに、エレーナの笑顔は輝いていた。
少しホッとできるが、無理に自分を作っているようにも見えて心配にもなる。
手をぎゅっと握って、なにかを決めたかのようだ。
「ふたりで、がんばろう」
「ええ! 一緒に、頑張りましょう!」
私も、白い椅子から立ち上がる。大きな声で言ったつもりはないが、私の声で小鳥たちが一斉に飛び立った。ハッとなり、口元を押さえた。それが笑いを誘い、ふたりで目を合わせて笑ってしまう。
気心のしれた私たち。それなら、なんとか乗り切れるのではないかと思える。




