ep.5 楽しそう
「リシェル! はやくいらして〜」
エレーナに急かされ、私は彼女に着いていく。強い態度のお母さまもお父さまも、静かに見守っている。というよりは、早くこの場をふたりは去りたいのだろう。
お兄さまだけが、眉を下げて私に手を振った。少し心配そうな表情が、私の後ろ髪を引かれる。
「特別授業について、もうお聞きになった?」
「ええ。少しだけ伺っておりますわ」
にこやかで軽いステップで、私の手を引いた。エレーナは、スキップでもしそうなほど、楽しそうにしている。そんな彼女が眩しくて仕方がなかった。対する私はというと、目をつむってため息をつきたい気分。
なにがそんなに、彼女の心を踊らせるのだろうか。不思議で仕方がない。
「特別授業は、女王になるために必要なんですって!」
「ええ、そう聞いておりますわ……」
私の憂うつそうな声に握られた手を離されて、くるりとからだを反転してこちらを向いた。エレーナの顔は、驚きに満ちている。
その表情に、私は目を白黒させてしまう。
私は、女王になりたいと願っている。しかしながら、エレーナは女王にはならずに済むならそれがいいらしい。私に遠慮しているのではなく、本心でそう言っていた。
なんでも、やりたくない書類仕事に追われて寝る暇もないのだとか。睡眠は大事! と、怒っていたっけ。
余計にこの軽やかな足取りは謎でしかないし、私が憂うつそうなのも不思議なのだろう。
「特別授業は、楽しみですわ。 でも……」
「でも?」
「この重圧に負けてしまいそうで……少々不安ですのよ」
ぱちくりと、大きな瞳を瞬きさせた。星が舞いそうなほど瞬きをして、エレーナは笑い出してしまった。
「なにがおかしいのかしら〜?」
「だってぇ! 特別授業がはじまったら、泊まり込みなのよ? おうちに帰えらずに済むって、それだけで気が楽じゃない?」
そんなことは聞かされていなかった。それなら、エレーナの軽い足取りも納得だ。なりたくないのに、期待をされる……これほどに苦しいことはない。それでもエレーナは、いつもニコニコと明るい。
「もしもよ。リシェルが女王になったら……私を補佐に置いてくれないかしら?」
確かに補佐として私がエレーナを選べば、引きこもり生活になることはない。それでも"元女神の愛"を受けたものとして扱われる。
私のお母さまは、補佐にも選ばれずに引きこもり生活となってしまったのだ。きっと、エレーナが女王になっても私を補佐として選出してくれるのだろう。
でも、口約束。
どうなるかはそのときになってみなければ、分からないものだ。特にエレーナは、明るくてみんなの人気者。だれとどんな約束をしているのか、私には分からない。
「もちろんですわ!」
「お互いに、補佐か女王か……ね!」
「けれど、金の髪をもつ女の子ってほかにもいるんじゃないかしら? どっちかだなんて、まだ分からなくてよ?」
私は首を横に振った。断言するには、まだ早いと思ったのだ。たしかに知る限りは、私たちのふたりきり。でも女王に選ばれる年齢を考えれば、もっといるかもしれない。だって、同い年でエレーナと私のふたりも存在するのだから。
エレーナは、にこやかに微笑んだ。そして、また私の手をとり歩き出す。どこへ向かっているかは教えずに、ただ楽しそうに。
「それが私たちふたりだけ、なのよ。補佐役も金の髪じゃなくちゃいけなくってよ? もう、どちらかが選ばれるしかないんだわ!」
声は弾んでいるが、背を向けられていて表情はあまりよく分からない。それでもどちらかが選ばれて、どちらかは補佐にとなるならば安心だろう。
「お互いに、女王さまか、補佐役か……だなんて、まるでおとぎ話のようね!」
「ふふふ、そうですわね」
ほっとしたからか、なんだか私の足まで軽くなった気がした。ネルシア王宮の片隅に、丸い池がある。
もちろん警備隊が守っているが、顔パスで通してもらえる。
池はかなり広く、ボートに乗り休息を取ることができるほどだ。池と湖の中間かもしれない。
「こっちこっち!」
そう言われて、私はエレーナに続いてボートに乗り込んだ。私が腰を下ろしたのを確認したエレーナが、オールで漕ぎ始めた。
慣れた手つきで、真ん中に浮かぶテラスを目指す。
ツルが伸びて、屋根の代わりになっている。鳥が可愛らしくなき、テラスの日陰で休んでいた。
「エレーナ、こんなところに来てどうするのです?」
「話したいことがあるの。ふたりきりでね」
急に声のボリュームを落として、小声で言う。釣られて私まで唇を閉じて、静かにする。もとより、静かめではあるはずだが。
それにしても、ふたりきりで……はなすことはなんだろう?
ボートが揺れて、テラスに着いたことを知らせた。疑問を振り払い、小鳥が逃げてしまったテラスに移った。
外用の白い椅子が2脚、白いテーブルを挟んだ形で置かれている。椅子を引いて、腰をかけた。水辺で木陰だからか、かなり気温が低くてヒヤリとする。
机に肘をついて、エレーナは顔をこちらに寄せてきた。
「いまから話すことは、ふたりだけの秘密よ?」
「わかりましたわ」
私が頷いたことを確認してから、エレーナは口を開いた。




