16話 シャンデリア
講堂、食堂、中庭……と特別棟を案内をされた。昨日は、部屋に食事が運ばれていた。簡単な朝食も共に置かれていた。今後は、シャンデリアの輝く食堂でいただくことになる。
エレーナは、少しソワソワとしている。昼食を楽しみにしているのかもしれない。自室に運ばれていた食事は、簡素なもので物足りなかったのだろう。そんな彼女をみていると、張り詰めていた糸が緩む。
この特別棟の中で、果たして私たちが求めている情報は手に入るのだろうか。そんな考えは一旦胸にしまう。
「今日は、好きなようにしてください」
そのひとことを言い放ち、シスターエディは下がって行った。こちらからの返事など待たずに下がってしまい、私とエレーナは顔を見合わせた。
瞬きを数回して、彼女は口を開いた。
「えっと……好きにしてってどういうことなのかしら?」
調べたいことも山のようにあるので、行動に移したいのは山々だ。しかし、これで欲のままに動いてしまっては相手の思う壺な気がする。
私は人差し指をあごに当てて、少し悩んだ。エレーナは、左右を見渡して用心深く私に耳打ちをした。
「あまり華美な行動をするのは、控えるべきよね?」
ごくりと生唾を飲み込むような彼女の表情に、緊張感が伝わってくる。私の悩んでいたのを見てドキドキとしているのか、エレーナ自身が思うことがあったのか。
「そうですわね……まずは、昼食をいただきましょう!」
私は軽く手を叩いて、空気を変えた。
なによりも"腹が減っては戦はできぬ"と言われるように、食事をして頭にエネルギーを送るのも大切なこと。気分転換にもなるので、ちょうどいい。
エレーナはそれでも、眉を下げて緊張感の抜けない表情のままでいる。私はお構いなく、ささっと動いてシャンデリアの光る食堂を歩く。
カツカツと磨かれた床に自分のヒール音が鳴り響いた。それについてくるようにして、早歩きのエレーナの足音がする。
「リシェルっ、ちょっと早いわ!」
まずは、監視の目を探してみることが先決。私たちを見張っているはず。悟られないように、視線だけを動かして探してみる。
エレーナの言葉は聞こえているので、気にかけて歩く速度を落とす。
私は特別棟内で使える扇子を開いて、上品に口元を隠した。あおぐわけではなく、自分の考えていることを隠したい。それに、上流階級の女性はみな扇子を使う。
真っ白な扇子をヒラヒラと動かして、軽く風をおくる。ふわりとハーフアップにしている髪が揺れた。
どこから……それさえわかったら掻い潜り、情報収集に堂々と行けるのに。
扇子であおがれた冷たい風が、心を冷やす。
比較的広い食堂のどこかで私たちを見ているのだろうが、視線の持ち主を見つけることはできない。
そんなもどかしさを感じながら、隣に並ぶエレーナをチラリと見た。給仕に案内をされ、席につく。広々とした食堂で私たちふたりだけ。
きっちりとアイロンをかけられたクロスの上にメニュー表が置かれた。キラキラとした目で、エレーナは給仕に渡されたメニュー表を見つめている。
「本日は、魚のお料理ですわね」
「リシェル! しかも、私の好きなムニエルだわ!」
「ふふ。私も好きですわ」
どんなことにも目を輝かせるまっすぐな彼女が、羨ましくも思えてくる。自分がくすんでいるわけではないのに、霞んでいるように感じてしまう。
視線を落とし、シャンデリアの光りを受けた白いクロスを見る。小さなため息をして、背筋は伸ばした。
エレーナとは違うかもしれない。でも、それが自分らしさ。彼女なりの考えがあり、私なりの思いがある。だからこそ、私が女王になるんだ。




