14話 パイプオルガン
私たちは顔を合わせたまま、思い思いに考えに伏せっていた。そのとき、ゴーンっと外から音が鳴り響いた。夕刻を知らせる時報。
ハッとなり、私は窓の外を見る。確かに鳥が羽ばたき、太陽は傾いていた。長い祈りの時間もあってか、時間感覚が狂っている。
「エレーナ、早く自室を見つけましょう! ここにいると怪しまれますわ!」
「そうね! 見つかるまえに!」
私とエレーナは、パイプオルガンに背を向ける。なんだか大切なものを見落としている気がして、足取りが重たくなる。しっかりと調べてしまいたい欲が、顔を覗かせる。
ふるふると首を緩く振って、エレーナについて部屋から出た。
「リシェル……きっとなにかあるはずよ。答えを私は、探したいわ」
エレーナは、まっすぐ前を見ていた。奴隷階級の子どもを救いたい、という願いよりも強い信念を感じる。
きっと彼女に刷り込まれたなにかがあるのだろう。
私の家が海外と繋がりを持ち、この国での奴隷階級であれば何をしてもいいということに、疑問が抱いたのと同じ。エレーナの感じる疑問と、私の感じた疑問はまた違う。
宗教に関わる家の彼女には、私が感じる以上の違和感を覚えてるのだろうから。
瞳に映るエレーナの気持ちは、計り知れない。
「きっと、答えを探せるはずですわ」
だから私は、当たり障りのない言葉に留めておく。
* * * *
なんとか自室を探し出せた。濃い茶色の扉には、それぞれの名前が書かれた札がかかっていた。少しクセのある字体で書かれた名前は、シスターエディの文字かもしれない。
室内には、シンプルな机とドレッサーが置かれている。扉を隔てて、ベッドルームとシャワールーム。さすがは祈りをメインとする場なだけある。
華美な飾りは一切なく、とにかくシンプルなつくりだ。しかし貴族の娘が来る場所だからなのか、ワンルームではない。手狭ではあるものの、快適に過ごすことができそう。
「今日いちにちだけで、衝撃的なことばかり……」
ため息とともに、ふわふわのベッドに腰をかけた。重たいからだは、沈み込んでいく。大きなため息をもう一度ついて、なんとか立ち上がった。
とにかくシャワーだけ浴びて、明日の祈りに備えよう。考えごとをしたくとも疲労感で、うまく頭は動かない。そういうときは、ムダに体力を使わずに寝る。それに限る。
少しあつめの温度に設定をして、頭上からシャワーを浴びた。ゆっくり湯船に浸かりたいが、あいにくここにはシャワーのみ。
ここでの生活もそのうちになれるだろう。
そんな気持ちのまま、ドライヤーをしてネグリジェに着替えた。ただ、少しだけもう一度確認したくなった。分厚い聖書に手を伸ばす。ベッドサイドにある手元灯をともし、文字を追う。
第二章……罪のはなし。
サッと目を通し、目を閉じた。
聖書は開いたまま、ベッドにからだを預ける。眠気もあるが、聖書に書かれた現実から目を背けたい。これを廃止するには、どうするべきなのか。それを考えるだけで、頭が痛くなる。
投げ出した手のひらを、天井にかざす。自分の無力さを今になって実感する。知ったところで、なにもできない。女神像の祈りだって然り。
果たして、自分が成そうとしていることが叶うのか。そしてこれはただの自己満にしか過ぎず、一歩前に出てもいいものか。胸に溜まった苦しみは、溶けないで沈殿をする。
「私なんかでも、変えられるの?」
誰もいないこの部屋で、静かに自分の声だけが消えた。




