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傭兵サムライ、異世界に行く〜世界最強の傭兵は異世界でも規格外でした。(サムライ無双Web版)  作者: キー太郎
第三章 ???ミーツサムライ

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第76話 必要なのは助けじゃなくてその道を往く覚悟

 白んできた空が広場の噴水を優しく照らし出す。


 広場に着いてすぐ、噴水の縁に腰を降ろしたトマスとリエラ。

 六郎はその目の前で座禅を組み、魔力を練る修行を始めたが、それを気にすることなくリエラはポシェットからコップを二つ取り出し、それに水を注ぎトマスに一つ手渡した。


 その水を煽るように一気に飲み干したトマスが、情けなさを少しでも隠そうと、愛想笑いで自身に起こった不幸をポツポツと語り始める――。





 明るくなってきた空に反比例するように、トマスの話を聞くリエラの顔が曇っていく。


「クラルヴァインには夢があると思っていたんですが」


 そう力なく締めくくったトマスを前に、その隣に腰掛けたリエラは目の前で座禅を組む六郎をチラリと見て、もう一度トマスに視線を戻した。


 トマスは先程リエラが注いだお代わりの水を、ありがたそうに「いただきます」と口に含もうとしているところだ。


 言うか言うまいか……逡巡したリエラだが、流石に黙っていては可愛そうだと――


「それ、アタシ達のせいかも――」


 口調を取り繕うのも忘れ、「ゴメンね」と舌を出した言葉に、トマスは先程貰ったばかりの水を盛大に口から吹き出した。


「――ッゴホ、ゴホッ……リエラ殿達のせいというのは?」


 むせて咳き込むトマスが、リエラと六郎を交互に見る。


「えーっと、そのまんま? だってアタシ達、ギルバートの呼び出しを無視しちゃったから」


 爽やかに笑うリエラに「お前らかーい!」と心のなかで突っ込むことしか出来ないトマス。出来ることは唯一つ――


「へ、へぇ……お二人が無視したんですね……」


 ――何とか分かりにくい嫌味を言うだけだ。


「まさかトマスさんに八つ当たりしてるとはね……もう少し痛めつけとけば良かったかしら?」


 頬を膨らませるリエラに、「いえいえお気遣いなく」と力ない笑顔をこぼしたトマスだが、一拍遅れてリエラがおかしな事を口走っていたことに気がついた。


「痛めつけとけば……? 誰を?」


 その疑問が口からもれたのは、意図した事ではなかった。ただ呆けた頭に身体がついてこず、思わずこぼれた言葉だった。


 それがトマスの運命を転がすキッカケになるとは思いもせずに――。


「? 誰をって、ギルバートに決まってるじゃない」


 小首を傾げる完璧美少女だが、その口から発せられたのは、剣戟の音に似た暴力的な音だ。


「無視したからって、アタシ達は襲撃されたのよね。ま、全員六郎が殺しちゃったんだけど」


「こ、殺したんですか?」


 ドン引きのトマスに「首と胴を落としてね」とリエラは聞いてもいない詳細を笑いながら話してくる。


「それで、襲われた証拠を引っさげて、昨日の夜にギルバートの所に行ったわけ。『どういうつもりだ』ってね」


 何でもない事を言っているかの様に、大きく伸びをするリエラ。トマスは自分が感じる頭痛が酒の余韻ではない事を確信しながらも、「証拠……とは?」聞いてしまった手前、退くことが出来ずに一歩を踏み出した。


「証拠? 襲撃者の首よ」


 またも事も無げに言い切るリエラに、(聞くんじゃなかった)と踏み出した一歩を後悔し始めたその時――


「その場でも襲われたから、何人か殺しちゃったけどね」


 ――追い打ちがトマスに突き刺さった。


「そ、それでリエラ殿達(と一緒にいる自分)は大丈夫なのですか?」


 こんな殺人鬼達と一緒にいる所を見られでもしたら……そう思うトマスの思いなど魔神に届くこともなく。


「大丈夫よ。相手が悪いから。今日あたり尋問されるらしいけど、適当に言いくるめてくるわ」


 自分たちは問題ないと言い切るリエラに、「ですよねー」としか答える事が出来ない。


 この二人は確実にギルバートから恨みを買っている。そんな二人と一緒の所を誰かに見られたら、今日もまたリンチに遭うかもしれない。そう思えば一刻も早くこの場を立ち去りたいが、そうは問屋が卸さない。


 恩を受けた手前、「ではこれで――」とは言いにくいのが人間だ。


「ま、衛兵の尋問の時に六郎をちゃんとコントロールしないとだから、ちょっと面倒だけどね」


 苦笑いのリエラが、そのまま視線を六郎へと移した。それに倣ってトマスも六郎を見る。


 諸肌脱ぎで、座禅を組み、全身から玉のような汗を吹き出す六郎はかなり集中している。

 鍛え抜かれた肌に見えるのは、無数の古傷だ。

 六郎の見た目的に、古傷が残ること自体異常に感じてならない。この年で古傷があるという事は、幼い頃から傷が絶えない生活を続けてきた証左だ。


 成程。幼い頃から戦いに身を置いているからこそ、巨大熊を瞬殺し、巨大猪を素手で締め上げ、あげく兵士たちの頭も叩き割れるのだろう。この男にかかれば、あんなゴロツキ達など赤子の手をひねるのと変わらないのかもしれない。


 そう思えば、トマスには自分という存在がどうも小さく見えてきた。


 六郎と違い、反抗することも出来ず、ただただ殴られ続けた自分が情けない。

 不意に目を開いた六郎と視線がかちあい、「は、はははは」と乾いた笑いを上げることしか出来ないでいる今など、彼から見たら小物以外の何物でもないだろう。


 ガックリと肩を落としたトマス。その耳に――


「トマス殿、主が何を考えちょるか分からんが……主には主にしか出来んことがあろう?」


 ――六郎の落ち着いた声が届いた。


 顔を上げる先には、立ち上がりリエラから受け取ったタオルで身体を拭く六郎の姿。


「私にしか……出来ない……こと?」


 六郎が何を言っているのか分からないのは、酒が残り寝不足だからという訳ではない。本当に、自分にしか出来ないことがあるだなどと思った事がなかったのだ。


「そうじゃ。ワシは戦うしか出来ん。戦うことしか知らん。ガキんころから、そいしかしとらん」


 諸肌脱ぎにしていた上衣を身に着け整えながら六郎が笑う。その迷いのない顔に、「やはり幼い頃から……」と六郎に対するコンプレックスが肥大していく。


「主ゃどうじゃ?」


 そんなトマスの思いなど知らない六郎が、腕を組んだままトマスの前で仁王立ち。


「私は……私はロクロー殿とは違います――ただ商売が好きなだけで……」


 俯くトマス。その視界に近づいてきた六郎の足が映る。


「そいでエエやねぇか。商売が出来る。そいが主ん強みじゃろう?」


 頭上から降り注いだ声に、顔を上げたトマス。目の前で片眉を上げ笑う六郎に「強み?」とトマスが呆けた声を返した。


「強みじゃ。そもそも云うとったやねぇか。こん街で一旗上げるやら」


 六郎の言葉に、そう言えばこの街に至る道中で、そんな話もしていたな。と思い出したトマスは力のない笑みを浮かべ――


「でも、その夢も潰えてしまったんです。さっき話したじゃないですか?」


 大きく溜息をつき再び俯くトマス。先程より明るくなった視界には、相変わらず六郎の足が映ったままだ。



 暫く流れる沈黙に、トマスの視界で六郎の足がトントンと苛立ちを表すように上下に動き出した。


「夢、破れたんか?」

「はい」


 降ってきた言葉に、顔をあげることなく答えるトマス。


「ホンなら、何故こん街に留まっとる?」


 が、続く言葉に思わず顔を上げてしまった。目の前では心の底から「分からない」という表情の六郎だ。


「なにゆえ……って、何となく酒でも飲みたい気分で――」

「何故じゃ?」


 続く質問に、流石のトマスも「ムッ」とした様に口を尖らせ、「そんなの言わなくても分かるじゃないですか!」と鼻息荒く言い捨てた。


「分からんの。ワシには何故お主がこげな所で管ば巻いとんのか分からん」


 腕を組み、眉を寄せる六郎を前に、「く、管を巻くって……」と絶句するトマス。実際今まで説明してきた一から十を、『意味のないこと』のように言い捨てられては、怒りを通り越して呆けてしまっても無理からぬ事だろう。


 あまりの発言に、トマスは茫然自失とリエラに視線を移すも、その瞳に映るリエラは六郎が何を言いたいのか分かっているのか肩を竦め、六郎を見ろと言わんばかりに、目で六郎を指している。


「トマス殿。主ゃ夢ば破れたっち云うたが、何もしとらんやねぇか?」

「な、何もしてなくはないですよ! これでも色々考えて……」


 六郎から投げられた不躾な言葉に、流石のトマスも立ち上がり六郎に向かって一歩踏み出す。


「考えとるんなら、何故それをやらん?」

「話聞いてました? やろうとしたら、リンチにあったんですよ!」


 再び一歩踏み出すトマス。六郎が下がることはないので、彼我の距離は睨み合う程に近い。……まだ残っている酒のせいか、それとも段階的に煽られているせいか。兎に角ゴロツキを上回る恐怖の対象に一歩も退いていないと言うトマス史上最大の勇気に本人は気がついていない。


「殴られ、蹴られたから何じゃ? 何故そいで戦わずして逃げる? 何故そいが酒に酔うて管巻く事に繋がる?」


「た、戦えるわけないじゃないですか! 私は商人なんですよ? ロクロー殿と違うんです!」


 鼻息荒く六郎に詰め寄るトマス。睨み合う二人を眺めるリエラは「言い方があるでしょ」と呆れ顔だ。


「阿呆。やけぇ、主ゃ駄目なんじゃ」

「あ、アホ? 駄目? 流石に――」

「何度でも云うたるわい。阿呆が。主ゃ商人なんやろうが。商人が戦うんなら、金儲け以外に何があるんじゃ?」


 完全に呆れた顔で溜息をつく六郎に、「金儲けで……戦う?」と先程まで前のめりだったトマスが、肩透かしを食らったようにその勢いを弱めた。


「金儲けで ぎるなんちゃら に負けたっち云うんなら、夢やぶれて田舎に引っ込みゃ良かろう。じゃが、主は何もしとらん。ただペコペコ頭ば下げて、殴られただけじゃ」


 六郎の厳しい言葉に、若干後退ったトマス。六郎の言いたいことは分かるが、だからといって納得できるかと言われたら「否」だ。


 俯きモゴモゴと反論の言葉を探すトマスに、六郎が畳み掛けるように口を開く。


「なにゆえ酒ばかっ食ろうとったか当てちゃろうか?」


 その言葉に、顔を上げたトマスの前には、悪い顔で笑う六郎――


「悔しかったけぇじゃ。何もさせてもらえず、土俵にも上げてもらえん。そん事が悔しくて、情けなかったけぇじゃ」


 ドンピシャで言い当てられた自分の深層心理に、トマスは一気に顔が上気していくのを感じている。それは残っていた酒の余韻などではなく、怒りと羞恥がい交ぜになった複雑な感情。


「そらぁ情けねぇわな。戦いもせず、逃げ出すしか出来ん自分なぞ――」

「もう良いじゃないですか! それ以上、私の事を馬鹿にして、何が面白いんですか?」


 顔を真赤にしたトマスの声に、通りを歩く人がビクリと肩を跳ねさせチラチラと気にするように通り過ぎていった。


「莫迦になぞしとらんし、楽しくもねぇわい」


 照らし始めた陽の光が、六郎の真剣な顔をクッキリと浮かび上がらせている。


「ワシが云うとるんは、逃げ出して尚、しがみつきたい夢であるのに、何故戦わんのんか……っちことだけじゃ」


 陽の光を真正面から受け止める六郎を、直視できないようにトマスは再び下を向き、口を開く。


「……戦えるわけ――」


 握りしめる拳は僅かに震えている。


「あるの。商売を始めるんに、あん豚ん許可がいるんか?」


 何故か震えの止まった拳に、トマスは自分でも驚きながら「いいえ」と首を振る。


「ほな勝手に初めっしまえばエエ」


 無責任に笑う六郎に、トマスはただただ首を振るが――


「……でも、そうしたらまた殴られるかも――」


 ――染み付いてしまった恐怖は一朝一夕で拭えるものではない。


「殴らせとけ。そん時点で主と奴ん次元が違うんじゃ。主ん土俵には一生かかっても上がってこれん。……つまりそい(暴力)に訴える時点で、奴は主に負けとんじゃ」


 拳をトマスの胸に宛がう六郎に、「それじゃトマスさん殴られっぱなしじゃないの?」とリエラの呆れた声。


「関係ねぇの。そん道を往くっち決めたんなら、何が起ころうが歩みは止まらん。 例え死ぬとしてもの。そいが男っちもんじゃ」


 リエラを振り返り笑う六郎の言葉に、トマスは全身をゾワゾワとよく分からない感覚が駆け巡るのを感じている。先程まで自分を支配していたはずの恐怖が少しずつ小さくなっていくのを感じている。


「どうなんじゃ? 主ん覚悟はチンケな暴力如きに屈する程度なんか?」


 再び視線を投げられた瞬間、ゾワゾワと走っていた感覚が大きく、熱く体中を更に駆け巡っていく――


「負けません」


 ――気がついたらトマスは口走っていた。


 殴られ蹴られる事もあるだろう。だが、自分が決めたのはこの道だ。この道で戦い生きていくと決めたのだ。ならば商人らしく戦おうではないか。


 恐怖がなくなったわけではない。それ以上に大きな屈辱を知ってしまったのだ。自分が何もせずに、ただ尻尾を巻いて逃げるという。


 顔を上げたトマスを見た六郎が「よか」と短く言い放つと、畳んでおいてあった振袖をバサリと広げて肩に掛けた。


「トマス殿。ワシらは今日からダンジョンば潜る。……が、ワシらは知っての通り ぎるなんちゃら に嫌われとってな」


 顔だけ振り返った六郎の笑い顔に、トマスは笑顔で頷いた。


「ダンジョンに入るための色々……準備してもらえるかしら?」


 噴水の縁から飛び降りたリエラが六郎の横まで歩き、クルリと振り返る。


「お安い御用です――」


 大きく頷くトマスに、「ほな、また後での」と満足した様に六郎が後ろ手をヒラヒラ振りながら、広場を後にした。


 残されたトマスは、昇って来た陽の光を背に受けながら、これから始まるだろう激動の日々に負けぬよう、両頬を叩き――


「商人トマス、今この瞬間からが本当の始まりだ」


 ――赤くなった頬を綻ばせていた。

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