最終話
こうなる事を予想していたのかブランドは馬車の中でベアトリスを待っていたのだ。
そしてタイミングバッチリに出てきたブランドの様子を見るに、近くで待機していたに違いない。
マーヴィンは体裁を守る為に、いつもベアトリスと話す時には人払いをする。
口ではマーヴィンに勝てても、こうなってしまえば体格差でマーヴィンには絶対に敵わない。
結果、ブランドに付いてきてもらって大正解だった。
「――クソ野郎!離せ、離せッ‥!」
騒ぎを聞きつけて人が集まってくる。
そんな時、タイミングよくセレクト公爵も姿を見せた。
公爵を探す手間が省けたと、ベアトリスは立ち上がり砂埃を払う。
そして満面の笑みを浮かべながら契約書と被害者リストを渡して、婚約破棄をしたいという意思を伝えたのだった。
シセーラ侯爵家の援助と支度金を当てにして生活していた為、ベアトリスと婚約の話がなくなればセレクト公爵家に道は残されていない。
「マーヴィン様、サヨナラ」
*
あの後、セレクト公爵がどうなったのか。
(あぁ、もう"公爵"では無かったわ)
ベアトリスとマーヴィンの婚約はあっさりと破棄された。
始めは抵抗していたセレクト公爵だったが、ベアトリスが提示した契約書と不貞行為の証拠を読んだ瞬間に、全てを悟ったのか諦めたようだ。
逆に慰謝料を払わなければならない状況に、頭を抱えて「もう終わりだ」と呟いた。
セレクト公爵はその場で崩れ落ちた。
そんな父の姿を目の当たりにしたマーヴィンはやっと現実を見たのか、ベアトリスに向かってこう言ったのだ。
「今度はお前だけを愛してやる」
「お前が望んだ通り、大切にしてやるから‥!」
「だから婚約破棄しないと言え!なぁ、そうだろう?」
あまりにも自分勝手なマーヴィンに向かってベアトリスは吐き捨てるように言った。
「もう、何もかも手遅れなのよ」
そして、ベアトリスはもう一度「サヨナラ」と言ってマーヴィンに背を向けて歩き出したのだった。
どうやら公爵もベアトリスがマーヴィンにベタ惚れだった為、多少マーヴィンが悪さしていても大丈夫だろうと思っていたようだ。
(親子揃って、ざまぁないわ‥!)
そしてハンナとマーヴィンの事だが、結果から言ってしまえば2人が結ばれる事はなかった。
心優しい聖母のようなハンナは、マーヴィンを助ける事は出来なかった。
どうやら王女ハンナのせいで、ベアトリスとマーヴィンが婚約破棄したという噂が広まり、それを揉み消す為にベアトリスの元には王家からの使者が来た。
その噂をベアトリス本人に否定してもらうためだ。
王女の将来の為には必要な事なのだそうだ。
そしてベアトリスは王家から口止め料をたんまりと頂いた。
これから傷物令嬢として生きていくには、お金が必要だと思ったベアトリスは遠慮なく頂戴しておいた。
やはり原因はマーヴィンにあったとしても、この世界において婚約破棄の代償は大きい。
しかしベアトリスは、健康な体と自由さえあれば他に何もいらないと思っていた。
ずっとベッドの上で同じ景色を見続けなくてもいい。
何処にだって自分の足で歩いていける。
呼吸が苦しくて寝れないこともない。
ご飯が本当に美味しくて、幸せで‥。
苦い薬を毎日飲まなくていい。
検査も、点滴も全て必要ない。
ベアトリスは自由だった。
そんな健康な体に感謝しつつ、ベアトリスは朝を迎える。
「こんな可愛いベアトリスと結婚出来るというのに、皆の目は節穴なのか?」
「ふふ、ブランドお兄様ったら」
「ベアトリス、ずっとシセーラ侯爵家に居ていいんだぞ?」
「わたくし、お兄様の邪魔になるような事だけは致しませんわ!それにお兄様はそろそろ婚約者を作ったほうが‥‥」
「それなのだが、ベアトリスより可愛いと思える女性に出会えんのだ」
「お兄様、それはどういう意味ですか?」
「‥‥‥そういう意味だ」
どうやら完璧すぎる兄、ブランドは薄々分かっていた事だがベアトリスを妹ではなく、1人の女性として愛しているようだ。
ベアトリスはブランドの気持ちに応える為に手を握る。
「それならば、お父様とお母様に報告しにいきましょうか」
「ベ、ベアトリス!?」
「わたくしもお兄様のことが大好きですわ」
「‥‥ベアトリス、それはどういう意味だ?」
「そのままの意味です」
「―――ッ!!?」
「ふふっ‥!顔が真っ赤ですわ、お兄様」
「ベアトリス、今日からはブランドと呼んでくれないか‥?」
「ブランド」
「あぁ、愛しいベアトリス‥‥夢みたいだ!」
「わたくしも今、とても幸せですわ」
end
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