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「あら?ご自分で選んだ事なのに、何故そんなに抵抗しているのですか?」
「違う‥‥俺は別にっ!」
「あれだけわたくしを拒否しておいて、今更"嫌だ"なんて言いませんわよね?セレクト公爵家の嫡男でもある貴方様が、今まで散々邪険にしたわたくしに、まさか縋り付く事なんて致しませんよねぇ‥?」
「――っ!?」
「わたくしだったら、とても惨めで言えませんわ」
マーヴィンに「婚約破棄はなしだ」と言われるのを防ぐ為に、ベアトリスは次々にマーヴィンを煽る言葉を投げかける。
プライドの高いマーヴィンならば、ここまで言えば大丈夫だろう。
まさかこの状況で「やっぱり婚約破棄したくない」とは言い出せまい。
ベアトリスの思惑通り、何も言えずに戸惑うマーヴィンを見て、ベアトリスは言葉を続けた。
「今日はセレクト公爵へのお話も兼ねていますから、悪しからず」
「――こんな事をいきなり言われても信じられるわけないだろう!?熱出す前までは俺のこと好きだって言ってたよなっ!?」
「はい、熱を出す前までは好きでした。好きで好きで仕方ありませんでしたわ」
「なら‥!」
「でも、もう一切好きじゃありません。貴方の事が心の底から嫌いです」
「‥‥!」
「今までマーヴィン様にした事はお詫び申し上げます。マーヴィン様の事が好き過ぎて暴走してしまいましたの」
「は‥」
「今までご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「‥‥ッ」
「これからは心を入れ替えますので、是非とも婚約破棄をお願い致します」
「‥‥は」
「はい、と頷けば丸く収まりますわ」
ベアトリスはニコリと微笑む。
ブランドならばすぐに頷いてくれるだろうが、マーヴィンだとそうはいかないらしい。
「そんな、急に‥っ!」
「セレクト公爵家への毎月の援助も打ち切り。支度金も勿論なし」
「‥ま、待て!」
「けれど、マーヴィン様がずっと望んでいた''自由"が手に入りますわ」
「‥‥!」
「お互いスッキリして円満にサヨナラ‥‥素敵でしょう?」
その言葉で、やっとベアトリスが本気で言っているのが分かったのか、マーヴィンの高圧的だった態度がガラリと変わる。
ベアトリスに見放されて、己の不貞行為が露呈するとでも思っているのだろうか。
それともセレクト公爵に煩く言われるのが面倒なのだろうか。
今まで見た事がないような焦りの表情を浮かべて、小さく首を振っている。
「ち、違う‥!お前は俺が好きで‥」
「好きではありません。出来る事なら二度と顔を見たくありませんわ」
「嘘だッ‥!」
「わたくし達の関係はこれで終わり」
「っ‥!?」
その後もマーヴィンは「有り得ない」「意味がわからない」と繰り返すだけで、どうにも会話が成り立たない。
「はぁ‥‥だから、そのままの意味だと先程申し上げました」
こうなったらブランドに調べてもらった証拠を提出するしかないだろう。
そんな時だった。
「――お前と婚約破棄したら、俺は‥我が家はどうなるんだッ!!」
ベアトリスの中でブチリと何かがキレる。
マーヴィンはベアトリスへの謝罪も、己を正そうとする言葉も一切出てこない。
頭にあるのは己の幸せと保身だけ。
「―――そんなの、しらねぇよ」
ベアトリスの持っていたカップがヒビ割れて、中に入っていた紅茶が流れ出す。
ベアトリスは自らを落ち着かせるように大きく息を吸い込んでから手をあげて公爵家の侍女を呼ぶ。
この壊れたカップから流れ出す紅茶のように、ベアトリスとマーヴィンの関係も戻りはしないのだ。
ベアトリスは片付けに来たセレクト公爵家の侍女に声を掛ける。
「新しいカップはいらないわ、お茶ももう結構」
「‥‥ですが」
「もう此処には来ないから‥わたくしに関係あるもの全て捨てて頂戴」
「!!!」
「ですが、ベアトリスお嬢様‥!」
「お願いね」
侍女は戸惑いながら割れたカップを片付けて去っていく。




