第20話 田中、山を割る
『ギギィ!』
杖を持った魔法使い型モンスターたちが、俺に向かって来る。
炎衣ノ魔術師に黒衣ノ魔術師。雷衣ノ魔術師に白衣ノ聖職者とその種類は様々。
どのモンスターもランクはS級。厄介な相手だ。
対処法を知らなければ、だが。
『ギィ!』
炎衣ノ魔術師が杖の先に巨大な火球を作り出す。
鉄をも溶かす高温の炎。だけど実は杖の先にある間は熱を放っていない。
魔術師系のモンスターの本体はローブだ。当然火には弱い。だから自分の体が燃えないよう、自分の近くに炎がある時は炎の周りに魔力の膜を張っている。
だから炎を発射していない時は接近しても安全なのだ。
「お邪魔するぞ」
『ギィ!?』
一気に懐に踏み込むと、炎衣ノ魔術師は驚いたように声を上げる。
この距離まで近づかれれば炎衣ノ魔術師に攻撃手段はない。急いで距離を取ろうとするが、それより早く剣閃が煌めく。
『ギ……ッ!?』
ピッ、ピッ、と剣閃が走ると同時に、赤いローブがバラバラに斬り裂かれる。
本体のローブが斬られたことで、炎衣ノ魔術師の体は霧散し、消滅する。
"速すぎてなにも見えんw"
"世界一怖い『お邪魔するぞ』いただきました"
"死の訪問販売員"
"はえー、あんな風に近づけば意外といけるんだな"
"普通はあんなに近づく前に燃えかすにされるぞ"
"じゃあシャチケン以外にはできないじゃん……"
『ギ……!』
仲間が塵と消えたことで焦ったのか、他の魔法使いたちは急いで俺から距離を取ろうとする。
距離を取られると面倒だ。俺はまだ火球が残っている炎衣ノ魔術師の杖を手に取ると、魔法使いたちめがけて投げつける。
炎衣ノ魔術師が消えたことで火球を包んでいた膜は消えている。地面に思い切りぶつかった火球は大爆発を巻き起こし、魔法使いたちは炎に包まれる。
『ギャギャ!?』
ローブに火がつき慌てる魔法使いたち。
こうなったらもう魔法を使うどころじゃない。俺は一体一体近づき、淡々と「えい、えい」と討伐していく。
『ギャッ』
『ギャッ』
"ライン作業みたいに処理されてて草"
"あれって本当にSランクモンスターなの?"
"後ろでマウントドラゴンくんも引いてるよ"
"いやあれは惚れて……いや、ドン引いてるわ"
"俺の共生相手がこんなに簡単にやられるわけがない"
"ラノベかな?"
"シャチケン「俺また何かやっちゃいました?」"
"やってない時の方が珍しいんだよなあ"
向かってきた全ての魔法使いを討伐した俺は、剣を鞘に納めマウントドラゴンを見る。
あとはこいつを倒せば業務終了だ。さて、どうやってこのデカブツを処理したものか……と考えていると、急にマウントドラゴンは背中を向けて逃げ始める。
「お、おい!」
"逃げてて草"
"しょうがない。俺でも逃げる"
"ドラゴンって逃げるんだな……"
"あれ、でもあの方向って"
"そういえばあっちにはゆいちゃんがいるじゃん"
"ヤバ。完全に忘れてたわ"
"田中ァ! 急げェ!"
コメントで星乃のことに気がついた俺は、急いで走る。
目をこらすと、マウントドラゴンの逃走先にはちょうど星乃が立っていた。
『ガアアッ!!』
「ひっ」
咆哮を上げながら、マウントドラゴンは牙を剥く。
せめて一人だけでも始末しようという魂胆なのだろう。それを見て星乃はすっかり怯えて……なかった。
星乃は背に持った大剣を構えて、正面からマウントドラゴンに向かい合っていた。逃げるつもりはなさそうだ。
"ゆいちゃんじゃいくらなんでも無理でしょ!"
"逃げてゆいちゃん!"
"踏み潰されて終わりだよっ!"
"シャチケン急いで!"
コメントは星乃のことを心配する声で溢れる。
俺は今すぐ本気で駆けて、マウントドラゴンを止めるべきなんだろう。だけどそれは星乃の覚悟を踏みにじることになる。
そう思うほどに彼女の目は本気だった。
星乃は俺と目を合わせると、ゆっくり頷く。俺にはそれが「ここは任せてください」と言っているように見えた。だったら俺が言うべき言葉はひとつ。
「唯っ! 思いっきりやれ!」
「……っ!! はいっ!!」
嬉しそうに笑った星乃は両手で大剣を握り、迫り来るマウントドラゴンを迎え撃つ。
マウントドラゴンは一切の容赦をせず、その大きな牙で星乃を噛み砕こうとする。
"何やってんだよシャチケン!"
"ゆいちゃん逃げて!"
"終わりでーす"
"見損なったぞ田中ァ!"
"血が出た瞬間配信切るわ"
"スプラッタ映像が流れた瞬間AI判断で配信切れるから安心しろ"
お葬式ムードが流れるコメント欄だけど、当の星乃の目は生きていた。
俺が教えた通りしっかりと地面を踏みしめ、剣を構える
「"ぶわっ"と力を集中させて、"ぐんっ"って踏ん張る。肩は"パッと"開いて背中を"ピンッ"と伸ばす。足から"ぎゅい"っと体に力を送って……」
星乃の体に力が満ちる。
身体能力の才能だけで言ったら、星乃は俺より才能があると思う。今足りないのは経験と知識。
知識を教えた今、星乃は前よりもずっと強くなっているはずだ。
「しっかり剣を握って……だん! ずん! ぱっ!」
星乃は全力でマウントドラゴンの頭部に大剣をぶつける。
斜めから打ち込まれたその攻撃は、マウントドラゴンの頭部を激しく揺らす。正面からぶつけるんじゃなくて、斜めから打ち込んだことで体重差を上手くカバーしてカウンターを取っている。あれは効くぞ。
"マウントドラゴンよろめいてるぞ!?"
"マジかよゆいちゃん!"
"戦闘民族の嫁やば"
"力の一号、力の二号じゃん"
"フィジカルモンスター夫婦"
"シャチケンはとんでもない奴を育て上げたな……"
『ガ……ア……?』
手痛いカウンターを食らい、ふらつくマウントドラゴン。
俺はその隙に奴の背中に飛び乗る。
「もう終業時間だ。終わらせようか」
『グ……ガアアッ!!』
意識を取り戻したマウントドラゴンは、背中に乗る俺に気がつき噛みつこうとしてくる。
だけど既に俺はマウントドラゴンの弱所を見抜いていた。
「――――一発だ」
剣を振り上げ、僅かに空いたマウントドラゴンの甲殻の隙間を狙う。
何度も斬りつけるような真似はしない。一撃で、決める。
「我流剣術、富嶽唐竹割り」
弧を描き、俺の剣がマウントドラゴンの背中に叩き込まれる。
弱所に叩き込まれた俺のその一撃は、巨大なマウントドラゴンの体を綺麗に真っ二つに斬り裂く。
『ガ……ア?』
何が起きたか分からないまま絶命するマウントドラゴン。
俺は崩れていく足場から飛び去りながら時計を確認し、呟く。
「17時27分業務終了――――今日は寝れそうだな」
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