見えてきた敵
リゼルマン伯爵に案内されて部屋へと入ってきた人物はミトと、老境に差し掛かった騎士だった。彼がコンラート・ハイゼンベルクの古城の警備をしていたという管理官だろう。
「ウィン殿、勇者殿。わっしにも話を聞かせてもらえるかな。心配するな。剣聖殿の承諾は得ておる。何やら、他言出来ぬような厄介な問題が起こっておるのじゃろう? わっしがここへ来る事になった時に、お主らとここで出会ったのも何かの巡り合わせじゃろうて。老いたとはいえわっしも『剣匠』じゃ。何かの力になれるやもしれぬ」
レティシアがウィンを伺うように見る。
「王太子殿下の承諾を得ているのでしたら、断る理由はありません。それに『剣匠』と呼ばれるミト殿のご協力を得られるのは大変心強いです。よろしくお願いします」
ウィンは手を差し出すと、ミトと握手を交わした。
そこへ、部屋の入口に控えていたリゼルマン伯爵が、老管理官を三人に紹介する。
「レティシア様、ウィン殿。こちらはリヨン王国管轄下、コンラート・ハイゼンベルク遺産管理官のギドマン殿です」
「遠い所をわざわざどうも。レムルシル帝国第一皇女付従士、ウィンと申します」
「大使閣下よりご紹介に預かりましたギドマンと申します。あの……先ほど『剣匠』という言葉が聞こえましたが、こちらのドワーフのご老人が本当にあの? それにあなたは帝国皇女付の従士と伺いましたが、そちらの御方はまさか……」
「いえ、ミト殿が『剣匠』の称号を持つ御仁なのは確かですが、彼女は皇女殿下ではございません」
リゼルマン伯爵が生真面目な表情で、ギドマンの勘違いを訂正する。
「こちらは、我がレムルシル帝国メイヴィス公爵家の第三公女レティシア様にございます。世間的には勇者メイヴィス様のほうが、通りがよろしいでしょう」
◆◇◆◇◆
ギドマンを襲った衝撃はどれほどのものだったのか。
三人の素性、とりわけレティシアの正体を知った年老いた管理官は、リゼルマン伯爵が部屋を辞した後も、しばらく放心状態の有様で何度もレティシアを窺っていた。
「……勇者様、そしてそちらが師匠殿でございますか。さらには名高き『剣匠』殿とお会いできるとは……妻や息子、それに孫に良い土産話ができます」
「王太子殿下からすでに話は伺っていますが、あなたにこちらまでご足労頂いたのは、あなた目にされたことを直接我々に聞かせて欲しいという王太子殿下の計らいです」
「はい」
ギドマンが落ち着いた頃を見計らって、ウィンが話を切り出した。
「では、今一度話を聞かせてもらえます?」
「承知いたしました。ですが、報告書に記した以上の事を話せるかどうか……」
ギドマンそう断ってから、三人に話す。
コンラート・ハイゼンベルクの古城を襲った激しい地揺れ。
『大賢者』ティアラ・スキュルス・ヴェルファによって張られた強力な結界が破られ、侵入者のものではないかと思われる光を見たこと。
そして調査しようとした同僚が古城へと近づくと、肉が溶け落ちて命を落としたこと。
そこで現場での任務を放棄して、管理官たちは急ぎ避難をしたこと。
ウィンが時折質問を挟みつつ、レティシアは目を閉じたまま話しを聞く。
ウィンの目にはレティシアの表情が厳しさを増しているように見えた。
「避難後、それからどうしました?」
コンラート・ハイゼンベルクの古城の結界が破られ、山を駆け下りた管理官たちは、すぐに麓の町や村の人々に山へ立ち入りを禁じた。
何者かの古城への接近に気付けなかった上に、犠牲者を一名出すという失態。更には、この惨状を引き起こした原因すらも調査できない。
王都リヨンからは現場の判断を最善とし、引き続き古城近辺への立ち入りを管理官含め禁ずると返信が届いた。そのため、管理官たちの間ではもどかしい思いが立ち込めていた。
やがてラウル王太子自らが軍を率いてやって来た。
ラウルはギドマンたち管理官に道案内を頼むと、すぐさま調査を開始。
管理官たちが麓の町へ避難した後に、魔族とは別に侵入者がいた事が発覚し、その足取りを追って行くと何らかの組織が事件に関与している事がわかった。
しかし、ギドマンたちが知る事のできた情報はそこまでで、ギドマンを含めた管理官たちは再び古城での管理業務に戻されたという。
古城に侵入者を許すという失態については、後に処分を下すという話となった。
地震によって崩落した古城の瓦礫を片付けるといった作業をしつつ、王都からの連絡を待ったものの一向に音沙汰が無く、二月もの月日が過ぎた頃に王都からようやく連絡が届いたのだった。
「この件に深く関わる者へ直に説明をせよとのこと。管理官の代表者一名が王都へと出頭し、古城で起きた事態について状況説明をお願いしたいとのことでした」
王都からの要請には、ギドマンが出頭することになった。
(処分を下すとしても、古城で起きた事件の事情聴取が先となるだろう。その間に、この件を担当することになった調査官の人柄を確認し、処分が自分一人ですむよう願い出てみよう)
そんなことを考えながら、ギドマンは心配する同僚たちに見送られて出発したのである。
話し終えると、ギドマンはレティシアを見た。
「何らかの組織によって犯行が行われたらしいと話は聞きました。ですが、我々が体験した激しい地震。同僚の魔導師は、ティアラ様の結界を破った際の余波で地揺れが発生したと推測しています。古城の天井と石壁が崩落を起こす程の地揺れ。破るだけでもそれほどの力を必要とする事。それから同僚の身体を蝕む瘴気から、私は魔族がこの件に深く関わっていると推察しました」
「ティアラの結界といえども、周到な下準備を行えば破られる事もあります。彼女に匹敵する魔導師は少ないですが、それでも冒険者や国に仕える魔導師の中には、結界を破る事ができる者はいるでしょう。そうした者たちが、後に侵入した組織の者たちと図って結界を壊した。そうした可能性はありませんか?」
話を終えるまでずっと黙っていたレティシアが口を開いた。
「ご存知かと思いますが、我々のような騎士が管理官として派遣されているのは、コンラート・ハイゼンベルクの遺産である古城を荒らされないためです。つまり、遺産を狙う者が明確に存在しているのです」
「それは冒険者や、盗掘を狙った盗賊の類ではありませんか?」
ウィンが尋ねる。
高名な魔導師が生前籠もり研究を行っていた古城。
遺跡潜りを専門とする冒険者であれば、垂涎の獲物だろう。中には貴重で高価な魔道具、魔道書などの宝物があるわけで、彼らの食指が動かぬはずがない。
しかし、ギルマンはウィンの質問に首を振った。
「いいえ。コンラート・ハイゼンベルクの古城は、王国を通じて冒険者ギルドに対し、手を出さぬようにと要請を出していました。所在位置が露見した場合、その情報を適正な価格で買取り、外部にも漏らさぬようにしてあります。そうすれば、まっとうな冒険者ギルドに所属する冒険者であれば、王国によって管理された建物へ侵入を試みる事はほとんどありません。とはいえ、それでも禁を犯そうとする者は少数存在するのですが……。ですが大抵の場合、そうした者たちは半端な実力しか持たない未熟者。そして、あの古城は並大抵の腕前では侵入を試みる事も困難な場所です」
ウィンとレティシアはギドマンの言葉に頷いた。
「以上の事から、勇者様がおっしゃられた冒険者をしている凄腕の魔導師が、王国や冒険者ギルドの指示に反するような行いはしないでしょう。彼らはそんな危険な橋を渡らなくても、十分名声と財産を得ているのですから。もう一つ、国に仕える宮廷魔導師も、ティアラ様の結界を破れる程の者は限られているはず。そうした大物であれば、その動向は常に注視されているでしょう。よって違うと考えられます」
「あなたの話には同意できると思います」
レティシアが同意するのを見て、ギドマンはホッとしたように頷いた。
「ですが、冒険者ギルドが禁じたとしても、野盗のような存在には通用しません。我々管理官は、そのような者の侵入を阻む事も職務でした。ですが、それ以外にもう一つ。ご存知でしょうか? この国にはかつて、『背教者』と呼ばれる邪教組織がありました」
「その『背教者』が信奉していた指導者サラ・フェルールを殺したのは、この私ですよ?」
「そうでした。彼らはサラ亡き後、解散したと考えられていましたが、小規模ではありましたが残党が残っていると思われます。そして多くの場合、彼らは今も指導者サラ・フェルールの遺志を継ぐかのごとく、コンラート・ハイゼンベルクの遺産を集め続けています」
「集め続けている? コンラート・ハイゼンベルクの遺産は古城で管理されていた物以外にも存在していたのですか?」
ウィンの問いにギドマンは頷いた。
「研究の内容からか、コンラート・ハイゼンベルクは幾つもの研究拠点を持っていたようなのですが、我々も全ての拠点を把握はしておりません。全てを把握していたのは、コンラート・ハイゼンベルクの高弟でもあったサラ・フェルールだけでしょう。そして、我々が把握していない研究拠点から持ちだされた魔導書や魔道具が幾らか拡散し、彼らの手に渡っている事も確認済みです」
「では、この度の古城襲撃も彼らの仕業だと?」
「いいえ」
しかし、ギルマンはレティシアの問いへ明確に首を振ってみせた。
「確かに、一度は消滅寸前だった『背教者』共の組織が立て直され、再び動きが活発化しているようですが、それでも王国にまともに喧嘩を売れるほどの力はありません」
愛する者を失い、祖国を失い、守るべき存在を失って世界に絶望した者たち。彼らが望むは今ある世界を神の力で破壊し、新たなる世界を導くこと。破壊の後の創世。
サラは師であるコンラート・ハイゼンベルクの遺産を奪い、それを成し遂げようとした。
その思想に多くの者が賛同したとされる。
その中には亡国の高名な騎士や将軍たちすらも名を連ねていたという。
だが、彼らの力を結集したとしても、ティアラの結界を破れる程の魔法を行使するのは、極めて難しい。然るべき触媒や道具を用意する必要がある。だが、それほどの動きがあれば、桁外れの大金と大量の物資が動く。その動きが王国や冒険者ギルドや商人ギルドといった各組織の情報網に引っ掛からない筈もない。
「後の軍の調べで、我々管理官が避難した後に古城へ侵入したのは『背教者』共でした。地揺れが起きたタイミングで、奴らが事を起こした。結界を破った者と『背教者』に繋がりがある事は間違いないでしょう。ですが、『背教者』共に結界を破れるとは思えません。結界を破ってあの地揺れを起こし、古城へと侵入を果たしたのは報告書でも記したように魔族の仕業だと考えています」
「その魔族の姿を見たわけではないのですよね? もしも魔族なら、『背教者』は魔族の力添えをえたことになりますよ?」
レティシアの問いにギドマンは即答をしなかった。
一度強く目を閉じると、ゆっくりと目を開く。
それから膝の上で手を強く組んだ。
「私もかつては勇者様と同様、対魔大陸同盟軍に参戦していた身です。その折に、この度、私の同僚を襲った死の原因を目にしたことがあります」
ギドマンの目に確かな恐怖の色が浮かぶ。魔物との戦争に参戦し、それと遭遇して命があれば運が良いとされた。
「あの時、死んだ同僚が触れた空気は瘴気。私自身、触れただけで肉が溶ける程の瘴気は、経験がありませんが、彼が命を失っていく経過。そして戦場での噂に聞き及ぶ、強い瘴気を浴びた者の末路を考えますと……」
「……魔族の関与が否定できない。そうあなたはお考えなのですね?」
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