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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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負けず嫌いのカタリズム 5

「勝手に言ってなよ。俺は勝ち負けなんてどうでもいいし、どれだけ頑張っても俺とアンタじゃ艸楽先輩の1番にはなれないだろうし」


 どれだけ思い返してみても、この手の相手に嘆き、恨み、諦めた以外の結果が思い浮かばず、ユウリはそう言って肩を竦めてみせる。どれだけ言葉を尽くしても結果は得られず、最後には相手のやりたい事に付き合わされるだけ。相手の精神年齢が思春期以前で止まっているのなら、リターンを望まずに事態を収束させるのが最善だ。勝とうが負けようが、森崎はきっと、ユウリの言う事など聞きはしないのだから。

 ユウリの態度を肯定と受け取ったのか。ユウリは何も言わずにトラックの様子を伺う。


 詩織の鈍足がとどめとなったのか、1年B組の順位は最下位。そして幸か不幸か、状況はユウリと森崎にとって好都合な形となってしまう。

 2年A組と3年C組の女子スプリンター、明神綾香と艸楽彩雅が1位を争うように走り始めたのだ。


『2年A組の明神選手と3年C組の艸楽選手、アイドルユニット、レインメイカーのメンバー対決だ! 相手が姉貴分であっても負けられないのか、明神選手が喰らいついて行く!』


 赤みがかったブリュネットと亜麻色の髪が、赤と緑の鉢巻がなびき、しなやかな足がスパンの長いストライドをトラックに刻んで行く。姉貴分への尊敬の念も、先ほどまでの姉貴分としての顔も引っ込み、必死に追い縋ろうとする競争者たちを置き去りにして2人はただ前を見て駆け抜けて行く。

 さて、とユウリは森崎にインコースを譲るようにレーンにつく。現状ではフィジカル面に秀でた綾香が押しているように見えるが、彩雅を追いぬける程とはユウリには思えない。絶妙なコース取りも、長身を生かしたストライド走法も、全てが綾香に対しての最善策のよう。誰もが速さと美しさに息を呑む彩雅の背中に追いつかんと、がむしゃらに前へと進んで行く。

 熱くなっている観客や選手達でさえ、綾香や響子ほどに勝ちへの執念はない。もちろん、森崎に勝負を挑まれたユウリにもない。森崎に負けてしまったとしても、学園内で彩雅との接触がしづらくなるだけ。別に現状と何も変わりはしない。

 だが、その勝ちへの執念が、文字通り1歩先を行く彩雅の背中が、却って綾香のポテンシャルを阻害したのだろう。


 履き慣れていたはずのスニーカーが、合成ゴムの上でずるりと滑ったのだ。


『おっと、明神選手が転倒だ! 怪我はなさそうだが、この隙にB組の石田選手が追い付き――いや、D組の小田切選手が追い抜いた!』


 どこかを強く打ち付けたのか、ほんの一瞬蹲ってしまった綾香を、2人の女子生徒が抜き去って行く。明神綾香という才能を出し抜くにはこれ以上の好機はない。あの艸楽彩雅でさえ、対策を取らざるを得ない相手なのだから。


「……やめてくれよ」


 顔を歪ませて体を起こして再び走り出した綾香を見ていられず、ユウリは黒革の手袋の左手で顔を覆う。

 今更目立たないように心掛ける気などないが、勝ち負けを競って注目を集める理由もない。

 それでも、ブラウンの瞳が執念に似た熱量を灯し、貪欲に酸素を吸う唇が言葉を紡ぐのだ。

 勝ちたい、と。勝たなければならないのだ、と。


「これが、あるべき姿だと思わないか?」

「経験から言わせてもらけど、女が自分に全力疾走で向かって来るなんて怖いだけだよ」

「そうじゃねえよ。家や環境を切り離し、己の実力のみで戦った結果がこれだ。明神綾香では艸楽彩雅には敵わない。明神はいやしく、艸楽は孤高であるべきなんだ」

「アンタにつまらない勝負を切り出させてくれた環境は、明神が作ったもんなんだけどね」


 森崎の言葉を鼻で笑って、ユウリは液晶のスコアボードへ視線を移す。この日のレクリエーションは1年から3年のABCDの組ごとに4つのチーム分けがされており、A組が1180点、B組が980点、C組が1200点、D組が1130点。このリレーの結果が得点にどんな影響を与えるかは分からないが、綾香が勝利を求めているのはユウリでも分かる。きっと、そのために努力をしていたのだろう事も。

 努力の末に手に入れた実力を買われた森崎。スポーツ推薦の特待生という負けられない身分だからこそ、彩雅を崇拝してしまうのも理解できる。


 どれだけ、明神綾香を恐れているのかも。


「……気が変わった」

「あァ?」

「本気でやってやるって言ってんのさ」


 そう言って、ユウリはジッパーを乱暴に下げてジャージをトラックの内側に脱ぎ捨てる。露わになった美少年の二の腕に歓声が上がるも、ユウリは気にする様子もなく、深呼吸を繰り返す。勝てない勝負を避けて負けない勝負を挑むユウリとしてはらしくないが、既にサイを振ってしまった。

 本当に、らしくない。そう言う代わりに、ユウリは森崎の目をまっすぐ見つめた。


「さっきの言葉を撤回しないでいいし、反省もしないでいい。ただ、思い知らせてやる。アンタがケンカを売った美少年は、ただの美少年じゃないんだってさ」

「言ってろ!」


 叫ぶように吐き捨てた森崎は彩雅からバトンを受け取って走り出す。そのフォームは当人の自身に違わず理想的で、続いてバトンゾーンへと飛び出したB組D組の両選手をどんどん突き放して行く。もちろん、未だバトンゾーンに立ち尽くしているユウリも。

 だが、ユウリは不敵な笑みを浮かべて、ようやくバトンゾーンへ辿り着いた綾香へ手を差し出した。


「見せてやるよ。美少年の美少年による美少年の為の、美しい逆転劇って奴をさ」


 いつもの勝気な様子もない、あっけに取られたような顔。赤い鉢巻は汗に濡れ、体操着姿の肩は大きく上下している。

 そんな綾香に大言を吐いたユウリは口元を大きく歪めて、トラックへと身を投げ出した。

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