一触即発のスケプティカ 6
「何やってんのさ」
亜麻色の髪をシュシュで1つにまとめ、借り受けたままのノートパソコンを勝手にいじっている背中に、ユウリはため息交じりに問い掛ける。時刻は21時、場所はシェアハウスのユウリの私室。シャワーを浴びていた体は軽く湯気を纏い、タオルを乗せたままの髪は湿りからツートンの色を濃く発色している。
「食器を片づけに来たのだけど、ちょっと気になる物が見えたから」
悪びれる様子もなく、ノートパソコンをいじる彩雅は傍らにまとめられた食器達を指差す。謹慎命令は解除されたが、ユウリはなんとなく肩を並べて食事をする気にはなれなかったのだ。
おかげで、考えをまとめる時間でも出来たのだが。
「そちらさんから見て、何点くらい?」
「20点。レイアウトは最低だし、自分が理解しているだけの言葉だけで書き過ぎ。シオちゃんのキャラクターやワタシのプロデュース方針は理解できているみたいだけど、企画の対象と効果の事を一切考えてない。このままだと、良くてファンクラブ会報の1部で終わりね」
遠慮はないが、配慮はある彩雅の評価にユウリは肩を竦める。
謹慎中、ユウリが手慰み程度に手を付けていたのは、詩織の執筆活動についての企画書。ノートパソコンに残されていた和紗の企画書の真似はしたが、パソコンの使い方すらろくに分かっていないユウリではクオリティの低い模倣品程度の出来。初めて作ったという精神的保険がなくとも、当然の評価だと受け入れられた。
もしかしたら、和紗もここまで見越して業務用のノートパソコンを譲ったのかもしれない。
どうにもお節介が過ぎる女性陣にユウリはついため息をついてしまう。いくら社会人経験の乏しいユウリでも、企画書に描いてある社外秘という言葉の意味くらいは分かる。
「ファンクラブ、作るんだ?」
「ええ。会員用の特設サイトで会報誌みたいなページを公開したり、限定グッズを販売したり。いずれはライブの先行予約とかを受けられるようにしていくつもりよ」
「グッズってTシャツとか?」
「あとはそれぞれのソロバージョンのCDとか。グッズに関しては、構想中のものばかりだけど」
「チケットの先行予約ってのもちょっと引っ掛かるけどね。俺の記憶が正しければ、ファーストライブのチケットはすっごい余ってたでしょ」
「それを売り切るようにするのがワタシの仕事で、同じようにシオちゃんの文章を世に広めるのがユウちゃんの仕事よ」
そう言って椅子から立ち上がった彩雅は、風呂上りには合わない黒革の手袋の手を引いて代わりに椅子に座らせる。ノートパソコンに表示されていたのは、ユウリの企画書に彩雅が手を加えたコピーファイル。資料などから流用された画像などが添付され、効果的に言葉を選び直された文章は、妄言を書き並べていたユウリの物とは段違いの出来の良さだった。
自室でシャワーを浴びている間に作られたのだろうそれにユウリが閉口していると、彩雅はいつのまにか手に持っていてたヘアドライヤーでユウリの髪を乾かし始める。ヘアカラーを繰り返した髪はケアが行き届いているのか、白魚のような華奢な指がミディアムヘアを分け入り、温風でブロンドと黒が踊る。
「そういえば、"カズ"――鉛地に会ったよ」
「そう。何か仰ってた?」
「アンタらに何かあったら許さないって」
「相変わらずね。言葉は厳しいけれど、優しい人だったでしょ。ずっとユウちゃんの事も気に掛けてらしたんだから」
「俺の事を?」
「ええ。信用できるのか、信用できるとしても、子供1人に任せるのは心苦しいって」
余計なお世話だ。そう言う代わりに、ユウリは大仰に肩を竦めてみせる。
護衛対象に命を守られ、バスタイム後の犬のように髪を乾かされ、ユウリに出来るのはそんな事くらいだった。




