せめて、チョコレートらしく
雲一つない静かな夜。無数に輝く街の光にまた一つ、小さな明かりが混じります。
そのささやかな灯の中で、二つの影が揺らいでいました。
「今年はチョコレート買いません」
「なんだそのいきなりな不買運動宣言は。あ、バレンタインデー?」
「ご明察。すみませんね、今年はチョコ以外のもので代用させていただきます」
「なんで?」
「毎年チョコレートだと芸がないからです」
「思ったより単純な理由だな」
「あとお菓子メーカーの手の平の上で踊らされたくないです」
「今さらぁ? ハロウィンやクリスマスもあれだけ祝っといて商業主義に反旗を翻すの?」
「チョコレートというのは食べれば食べるほど子供の人権が侵害されてしまうんですよ」
「ああ、カカオ豆の調達に子供を酷使してるってやつでしょ。わりと有名な話だよね、児童労働」
「以前はどこぞのガキがいくらヒーコラ言わされようが自分には関係ない話と思ってましたが」
「正直なのはいいけどもう少しオブラートに包め。人格破綻者か」
「自分にも子供ができてしまうとダメですね。他人事とは思えません」
「まぁ感情移入できるようになるよね、そりゃ」
「とにかく今回はチョコレートではなく別の素材を使います。なにか案ありますか?」
「それを渡す相手にきくのかよ。いいよ、君のさじ加減で」
「ではいつぞやのようにウスターソースで」
「やっぱり僕にも協力させてほしい」
「チョコレートを使わないとは言っても、バレンタインらしく茶色か黒のものにしたいんです。それで甘ければベストです」
「茶色か黒で甘いってなると……チョコレート系列のものしか出てこないな。あ、かりんとう?」
「かりんとうはちょっと……形が排泄物っぽくて」
「ド直球に誹謗すんなよ! かりんとうに全力で謝れ!」
「砂糖醤油なんてどうでしょう」
「君はまず塩気のあるものから離れろ」
「いまので思いつきました。元々甘くなくても、砂糖を入れて甘くしてしまえばいいんです」
「結構強引なやり方だね……。まぁそれならいろいろあるかな。茶色か黒のもの」
「コーヒー、紅茶、麦茶、烏龍茶、黒烏龍茶、黒酢……」
「飲み物ばっかり。そこは固体であることも条件じゃないの?」
「ではゼラチンでも入れて固めますか」
「さっきから力業だなぁ」
「元から固体の茶色いものというと……焼きそば?」
「ソース使ってんじゃねーか!」
「砂糖どっさり使ったらしょっぱくなくなるのでは?」
「そろそろ僕も健康に気をつけたいんですけどね! もう三十なんで!」
「あとは、土とか」
「ついに食べ物じゃなくなった!」
「いやいや、ちゃんと食材として使われる土もあるんですよ?」
「ええ、本当に……? だとしても土は食べたくないなぁ」
「滋養強壮に良いそうです。健康に気を使ってるならちょうどいいじゃないですか」
「や、それはなんか違」
「明日のバレンタインは土のフルコースですね」
「あれ? 僕、意見求められてなかったっけ?」
「つちざんまい」
「すしざんまいみたいに言うな」




