三猿
雲一つない静かな夜。無数に輝く街の光にまた一つ、小さな明かりが混じります。
そのささやかな灯の中で、二つの影が揺らいでいました。
「有名なモチーフに、見ザル、聞かザル、言わザルってあるじゃないですか」
「うん。日光東照宮にあるやつね」
「あれ、なんだかちょっとモヤモヤしません?」
「モヤモヤ?」
「だって、見ザルも聞かザルも入力を拒んでるわけでしょう? そうなると次も何かしら自分の中に入れまいとするサルであるべきだと思うんです。つまり、口ならば食べザル」
「ダイエットかなにかしてるのかそいつは」
「いいじゃないですかダイエット猿。これから言わザルには食べザルに名称を変えてもらって、世のシェイプアップに励む人々の守護神として降臨してもらいましょう」
「見ザル聞かザル言わザルって、自分の立場が悪くなるようなこととか、人間関係に災いをもたらすようなことはやめようって意味のことわざでしょ? 食べることはそれと関係ないんじゃない?」
「げに恐ろしきは食い物の恨みと申しまして、食べ物の奪い合いが人間関係のもつれに発展することもあるんですよ」
「だからって食べザルはないだろ。餓死するぞ」
「生きていく以上、『食べざる』をえないですもんね」
「言わザルがごとく口を閉じろ」
「そもそも何を見なかったり聞かなかったり言わなかったりするのかが問題です。これ、全てのことについて当てはめたらウニとかクラゲと同じ生物になってしまいますから」
「道徳的な話として、悪を見ない、聞かない、言わないなんだと思うよ」
「悪を見ないって、他人の悪事から目を背けてるみたいに聞こえますね」
「確かに」
「ところでこの三猿、実は四猿だという話もあるそうです」
「へぇ、四番目はなんなの?」
「しザル、です。股間を押さえているサルです」
「適当言うなよ!」
「いやいや本当ですって。ほら」
「マジか。……マジだ」
「この姿勢だと金的攻撃を受けたように見えてしまいますが」
「他のサルと比べて我慢してる感がケタ違いだな」
「あるいは不意に女性のブラチラかなにかを目撃したことで、股間のモノが立ち上がってしまい、それを隠しているという」
「二回連続で同系の下ネタやめろ!」
「『僕は耳と目を閉じ口を噤んで股間を押さえた人間になろうと考えた』」
「サリンジャーに謝れ!」




