エンプティ
雲一つない静かな夜。無数に輝く街の光にまた一つ、小さな明かりが混じります。
そのささやかな灯の中で、二つの影が揺らいでいました。
「忙しかった年末は過ぎ去ったというのに、年明けから忙しすぎますぅ……。ひ、干からびる……私のなかの人間的な部分が……潤いを失っていく……」
「お疲れさま。生姜湯飲む?」
「かたじけない……かたじけない……。生姜エキスとあなたの優しさがひび割れた心にしみわたる……」
「寝ながら湯呑みから飲むなんて器用なことするな。起きろ」
「もはや体を起こす気力も残っていません。さっき締切一つ突破して力尽きたところです」
「おお、終わったのか。おめでとう」
「これで編集氏のコメント返ってきたらまた一部書き直しになるかもしれませんが、とりあえずは」
「なんか終わらない戦いを続けてる感じだな」
「しかしここからが本当の地獄です……。大きな山は越えましたが、これからまだショートな作品の締切が単発で何度かやってきます」
「お、おう」
「来週末までに完遂すべき別の締切が二つ。それが終えたら来月末に一つ。三月末までに書き上げなければならない長編が一つ」
「それが大山か」
「ちなみにまだ手をつけてすらいません」
「胸張って言わなくていいよ」
「まだ一文字も書いていないどころかプロットすら組めていません。へ、へへ……」
「虚勢張って笑わなくていいよ。頑張ってメタルクウラ倒した直後に崖の上を埋め尽くすメタルクウラ軍団を見た悟空みたいな顔してるな」
「パワーを……ほとんど使い切っちまった……」
「なんでそんな咄嗟に出てくるんだ」
「もう無理です……。今回のだって締切一ヶ月以上延ばしてもらってやっとこ書き上げたんです」
「正月に遊びすぎたか。とにかく今日はもう寝よう。文もさっき寝たよ」
「お願いベッドまで連れてってー。お姫様抱っこで連れてってー」
「小さいほうより面倒だな、このデカイやつ。掴まれ」
「プリン食べたい……。死ぬほどプリンが食べたい」
「はいはい、明日買ってきてあげるから」
「もしこの先、突然倒れたりすることがあったら、私の亡骸はプリンに埋めてください」
「どんな猟奇殺人犯だ僕は。ふざける気力もなくなるほどヤバそうだったら止めるよ」
「お願い……します……」




