ハードマイルド
雲一つない静かな夜。無数に輝く街の光にまた一つ、小さな明かりが混じります。
そのささやかな灯の中で、二つの影が揺らいでいました。
「…………」
「姿見の前でポージングしてどうした。服着ろよ。風邪ひくぞ」
「私の二の腕、ホントに太いですね」
「なんだ、今さら気づいたの。そうだよ、スケール15分の1チキンレッグみたいな腕して」
「チキンレッグパンチ!」
「ぐぶっ!」
「レッグなのにパンチしてしまいました」
「ぐぅ……文を毎日抱えてるだけあって凄まじい威力だ……。それ、脂肪だけじゃなくて筋肉もあるでしょ」
「確かに文ちゃんが生まれてこっち、自然と上腕および前腕が鍛えられてしまっている感じはありますね」
「10キロ以上ある物体を毎日抱えたり掲げたりしていれば筋肉が付くのも当然だな」
「持て余すこと山のごとしですけどね、この筋肉。主に文ちゃんを持ち上げるときにしか使いませんから。ほーら文ちゃんたかいたかーい!」
「おおおおお」
「たかいたかーい!」
「おおおおお」
「たかいたか……疲れました」
「おお……」
「持久力はないな。ランニングとかしたほうがいいんじゃない?」
「毎夕、文ちゃん連れてお散歩には行ってますよ。走ったらさすがにこの子がついてこられないでしょう」
「当たり前だろ。文は背負って走るんだよ」
「12キロの重り背負って走り込めって、天下一武闘会でも目指させる気ですか」
「正月病から抜け出すには体を動かすのが一番だと思うんだよね。規則正しい生活も兼ねて、明日から早朝ランニングしよう」
「あなたはどうしてそう面倒くさいことを次から次へと提案しますかね。中小企業のワンマン社長ですか」
「嫌なら僕と文の二人だけで行くよ。君は寝てたら?」
「…………」
「よーし、文。明日の朝はお父さんと散歩しような。車でお母さんといつも行くとこより遠くまで行ってみよう」
「とおく?」
「ちょ、ドライブとか聞いてないんですけど」
「来ない人間は関係ないだろ」
「車だったらついて行きますよ。仲間外れにしないでください」
「文、どうする? お母さんも来たいって言ってるけど」
「おう、こいよ」
「惚れさす気ですかこの子は」




