ちくわ大明神
雲一つない静かな夜。無数に輝く街の光にまた一つ、小さな明かりが混じります。
そのささやかな灯の中で、二つの影が揺らいでいました。
「すごいことに気づいてしまったんです」
「すごいこと?」
「あなたって、毎日続けてる趣味はありますか?」
「特定の趣味はないけど、料理は続けてるよ」
「では例えばその料理に、一日一時間かけるとしましょう。そしてそれを二千日続けたとします」
「は? なんで二千日?」
「そして時給を千円としましょう」
「おお、なにが言いたいかなんとなくわかったぞ」
「あなたがその趣味に費やした時間をバイトや仕事に使っていたら、だいたい二百万円以上は稼げたんです」
「…………」
「二百万と言えば、新車が買えるくらいの金額ですね」
「そうだね。でも自炊だったら食費の節約になるから、トントンってことにならないかな」
「ではもっと具体的に、それが小説を書く、とかであったら」
「切り込んできた」
「例えばその小説に関する権利全てを、二百万円でメルカリに出品するとします」
「さっきから生々しい想定やめろ」
「誰か買いますかね?」
「うーん……クオリティとか、読者数によるんじゃない?」
「ぶっちゃけた話、この小説に二百万円の価値なんてないと思うんですよ」
「爆薬で一気に第四の壁までぶち破りやがった。なんでもお金に換算して考えるの、よくないと思うぞ。いくら資本主義の世の中だからって、全部が全部金銭的な価値基準で測れるものじゃないよ、絶対」
「とはいえ一番ポピュラーな価値基準なので。ではお気に入りの数から推測して、だいたい読んでいる人が千人くらいいるとします」
「さりげなくサバを読んだな。途中で読むのやめた人とかとりあえずお気に入りに入れただけの人もいるだろうから実質そんなにいないぞ、絶対」
「その方たちは、この小説を読むのに二千円出せと言われたら、出してくれるのでしょうか?」
「……い、いけるよたぶん! 気前良い人なら二千円くらい! 居酒屋チェーンの飲み代より安いじゃん!」
「わたしなら出しません」
「気前良くないからね」
「びた一文出しません」
「そこまで!? ていうかこのアニバーサリー的なタイミングでなんでそんなテンション下がること言うの!?」
「アニバーサリー的なタイミングでこそ我が身を振り返るんですよ。そして振り返った結果、少しアンニュイな気分になってしまったんです。すみません」
「……じゃあ考え方を変えよう。僕たちは毎日会話してるわけだけど、その事実が全てなくなる代わりに二百万円もらえる、と。君、その取り引きする?」
「しません」
「うん、よかった即答してくれて。別に結果や成果物に価値があるわけじゃないんだよ。なにかを続けていくなかで、作られていく自分ってあると思うんだ。それをどうでもいいとか価値がないとかって言ってしまうのは、最悪の自己否定じゃないかな?」
「そう、ですかね」
「僕はそう思うよ」
「確かに、第三者目線から結果だけに目を向けてしまったら、あなたなんて生きてる価値ないですもんね」
「おい」
「ありがとうございます。目が覚めました」
「うん、それはいいけど待って。いま最悪の他者否定がなされた気がする。僕がなんだって?」
「私はここにいたいです。私はここにいてもいいんですね!」
「ああ、なんかの最終回みたく前を向けるようになったのはいいけど。そのために誰かを足蹴にしなかった?」
「おめでとう。おめでとう。おめでとう。おめでとう。おめでとう。おめでとう。めでたいな。おめでとさん。クエッ。おめでとう。おめでとう。おめでとう。おめでとう。おめでとう」
「……まぁ、二千回更新、おめでとう」




