Stand By
クリスマスからだいたい三ヶ月が経ち、弟は志望した大学に通うため、アパートを出ていった。あいつのお弁当を作ってやることは、おそらくもうない。買う食材の量は減ったけれど、料理の時間は別に変わらないから、特に嬉しいことはない。
今日の朝と昼のメインのおかずは、天ぷらだ。テーブルには水玉模様のランチバッグが一つだけ。チェック柄のランチバックと黒いお弁当箱は、戸棚の奥にしまわれた。持っていけと言ったのに、大学で手作りの弁当はダサいと断られてしまった。わたしは良いと思うが。弁当男子。
出勤時間が近づいたので、化粧台の前で準備を始める。今週は目尻を下がり目にして、優しめの顔つきでいこう。口紅は薄めで。ナチュラルメイクが好きだと、あの人は言っていたから。
「じゃ、行ってきます」
返事をしてくれる相手はいないが、仏壇の両親に挨拶を。
わたしには好きな人がいる。勤務先の同じ部署に勤める男性(二十七歳)だ。でもその人は民法739条が定めるところの婚姻関係を成立させた男性であり、最近子供が産まれた父親であり、毎日ほぼ定時に退社して週末の飲み会もほとんど出席しないという愛妻家。つけいるは……まぁなくはないけど。
でもいい。あの人とは今以上の関係を望んでいない。一緒に仕事をし、ランチを食べ、日頃の悩みを相談し、奥さんとの惚気話とお子さんとの親バカ話を聞く、という以上の関係は。
これはプラトニック・ラブ、ってやつだ。純粋な気持ちからくる愛で、あの人の家族とはまったく無関係なところで繰り広げられる秘密の世界。決してわたしの一方的な片想いではない。仕事上の深い友愛感情と、ほんの少しの恋愛感情をもって、わたしは彼をサポートする。そしてたまに、彼の奥さんにちょっとした嫌がらせをする。
これがわたしの出した答えだ。
そんなわけで、わたしは今日も向かいの席でキーボードを叩く彼に声をかけた。
「主任、お昼ご飯行きましょう」




