Ethical Problem
その日は、彼がいつもと別人に見えた。格好も行動もまったくいつもの彼であり、同僚たちと話す様子も今までのそれと違いなかったけど、どこか認識がズレてしまったように、わたしには違ってみえた。
「尾先さん、今日はなんか元気ないね。具合悪い?」
「いえ、別に特には」
「表情暗いよ? 特になにもなかったとは思えないんだけど」
「……少しショックを受ける出来事があって」
「ショック?」
「前に話した好きな人、なんですけど」
「う、うん」
「どうやら彼女がいたみたいなんです、その人」
「そっか……。まぁ、よくある話だね。好きな人にはもう恋人がいた、って」
「そういうとき、主任ならどうしますか?」
「僕?」
「身を引きますか? それとも、奪いますか?」
「どうだろうね。特にどうするってこともなく、そのままずるずる友達関係続ける、みたいな感じかもね。僕、優柔不断だからさ」
「それは、苦しくないですか? だって自分の好きな人が他の誰かと楽しげにしてるのを、端から見続けるんですよ?」
「その人が幸せそうならいいんじゃないかな」
「平気で……平気でそういうこと言うんですね」
「うん、もちろん苦しく感じることもあるだろうけどね。それでも誰かの幸せを壊すよりは苦しくない」
「わたしは、そんなふうには考えられませんでした。実は前から知ってたんです」
「知ってた?」
「その人がわたしなんてこれっぽっちも見てないって。他に好きな人がいるんだって」
「……そっか」
「だから奪おうとしたんです。その人の好きな人から。最低ですよね」
「最低かな? 君が奪いたかったなら、それでよかったんじゃない? その先どうなるかは関係者だけの問題だよ。僕みたいな第三者が善悪を判定するようなことじゃない」
「もし主任が第三者じゃなかったら?」
「……そうだとしても、君が気に病むことじゃないよ。そのときは、僕と彼女と君の問題だ」
「優しくしないでください」
「どこが? 優しくなんてしてないよ。真っ向から立ち合ってるつもりだ」
「もっとズタボロになるくらい非難してください。わたしが主任を嫌いになるくらい……。もうこれ以上、好きになりたくないんです」
「うん……ごめん」
「やっぱり今日は具合が悪いので、早退します。ご迷惑おかけしてすみません」




