新社会人
「今日はうちの職場に新人ちゃんが配属されてきました」
<ああ、新人研修も終わってそろそろ配属か。懐かしいね>
「つい若かりし頃の私を思い出してしまいました。あの時の先輩にならって、私も社会の厳しさを彼女に教えてあげなければいけませんね。お昼ご飯にパシってもらいましょう」
<君みたいなのがいるから新入社員の離職率が上がるんだな>
「冗談ですよ冗談。そういえば、新しい職場ではもう名前覚えてもらいましたか?」
<ああ、名札付けてるから間違えられることも忘れられることもないよ。君は? 新人の名前間違えずに言える?>
「うちは名札とかないので、自然と間違えたり忘れたりしちゃいます。顔と名前が一致しないのは日常茶飯事ですね」
<そういうときどうするの? 会話してる相手の名前を忘れたときとか、周りの人に訊くわけにもいかないでしょ?>
「普通に本人に向かって訊きますよ。副社長って名字なんでしたっけ? と」
<上司の名前忘れんな>
「間違える間違えない以前に、未だに名前を知らない人がいますね。ものぐさなもので……」
<ものぐさとか以前の問題だろ。社会人の自覚あるのか>
「いや、名前がわからなくても仕事上なんら支障がないんですよ。そもそもの話、名前って必要ですか? この会話でだってあなたの本名、一度も呼んだことありませんし。あなたも私の名前を呼んだことないでしょう?」
<二人で会話するなら区別しなくていいけど、仕事頼んだり頼まれたり、事務仕事とかなら絶対必要だよ>
「うちは役職で呼び合うんです。副社長は副社長、専務は専務、平社員は平社員」
<区別つかないだろ。平社員なんて一人しかいないわけじゃあるまいし>
「でも困ったことないです。むしろ人事の入れ替わりがあったときとか助かります。人間が変わっても副社長は副社長ですからね。いくらでも替えがきく歯車みたいな感じがしていいでしょう?」
<やだよ、なんだその病的な滅私奉公精神。まるで人間が会社のためにしか存在してないみたいじゃん>
「はぁ、何を甘ったれたことを……。仕事というのは自分のためにすることじゃありませんよ。社会人の自覚あるんですか」
<……正論だけどなんだろうこの、こいつにだけは言われたくない感。自分のためって人もいていいだろ。お金稼がなきゃ食べていけないんだから>
「そんなことだからあなたは左遷されるんです」
<左遷じゃねぇよ>




