Speak Fondly
自分が知らない好きな人の一面を、他の人は知っている。とても悔しい状況だ。わたしはわたしのいろんな面を彼に見せてきた。そうやって心を開いてきたつもりだ。それが信頼の一つの形だと思った上で。
でも彼には、まだわたしに見せていない面がある。それはたぶん彼と彼女の間だけに存在するもので。それをわたしにも見せてほしいと思ってしまうのは、ない物ねだりなんだろうか。
「主任、今日はわたし、仕事が立て込んでるのでお昼ご飯一人で食べますね」
「…………」
「主任?」
「……ああ、尾先さんか。ごめん」
「スマホでなに調べてたんです?」
「うん、時間が空いたから立ち合い出産関係の情報をちょっと。奥さんに勉強しろって言われてて」
「立ち合い出産……。名前しか聞いたことないどすけど、どんな感じなんです?」
「とにかく凄絶らしい。一説には戦場と変わらないとか」
「戦場……」
「生死の境目だしね。でも彼女が苦しんでるときに僕だけなにもしないなんてできないからさ」
「……やっぱり心配ですか、奥さん」
「そりゃ心配だよ。いつ産気づいてもおかしくない状態で、そわそわしないほど僕は肝の据わった人間じゃない。もしものときのためにフローチャートも作ってる」
「大事ですよ、そういうこと。主任みたいな旦那さんがいたら奥さんも心強いでしょうね」
「どうかな。いざとなるとオロオロしちゃうタイプだからさ、僕」
「えー、主任がオロオロしてるところって想像できないです」
「仕事中はあんまりないかもね。家に帰ったら彼女に振り回されっぱなしだ」
「あーはいはいノロケノロケ」
「最近冷たいな、尾先さん」
「やっと気づきましたか。そろそろわたしも主任のノロケ話を聞くのがキツくなってきたんです」
「そっか。まぁそれはそうだろうな。僕ももし同僚が奥さんの自慢ばっかりしてくるようなやつだったら縁を切りたくなるよ」
「じゃあやめましょうよ……」
「うん、尾先さんに甘えてたのかもね。これからは彼女の話を控えて……そうするとあんまり話題がないわけだけども」
「もうどう発言してもノロケにしかなりませんね」
「あはは、困ったな。そういえば、最初なんて言ったの? ごめんね、ちゃんと聞いてなくて」
「……お昼ご飯食べに行きましょうって言ったんですよ」
「そうだね、行こっか」




