Neighbor Daemon
両親から道徳教育を受けなかったせいだろうか。たまに、ごくたまに、弟が悪魔に見えることがある。わたしの欲望を増大させ、倫理の枷の鍵をちらつかせる、そんな存在に。
「さ、最高やったで……主任のマッサージ……」
「ただのボディタッチで良かったのにわりとハイレベルなスキンシップやらかしてきたな。姉ちゃん案外そっちの才能あるのか」
「なに? そっちの才能って」
「男たらしの才能」
「かーっ! そんなもんあったら大学時代にウハウハだわ。ないよないない。主任が優しいだけ」
「そんな感じはするな。優しいっつーかなんつーか、押しに弱いってやつ? 絶対見込みないと思ってたけど、これはひょっとするとひょっとするかもしれないぞ、姉ちゃん」
「え、マジで? わたし脈あり?」
「いや、平気で体に触れられるってことは異性としてほとんど意識されてないってことだと思うけど」
「オイ」
「さ、最後まで聞け。押しに弱い相手は、うまーく逃げ場のない状況に追い込んでいけば、ヤれる」
「や、やれるって、なにを?」
「セックスできる」
「せ」
「とりあえずどうにかして二人きりになって、酒飲ませるなりなんなりでバカにして、そこからホテルにでもしけ込めば、イケる」
「……それ、あんたがいつもやってる方法じゃないの? 主任、男なんだけど」
「押しに弱いやつに男女は関係ない。既成事実さえ作っちまえば後はこっちのもんっしょ」
「き、既成事実て」
「別に子供作れってわけじゃない。不倫したって事実を作ればいい。現場の写真撮るなりなんなりで」
「いや、それ、完全にわたしが悪者になるやつじゃん」
「恋愛に正義はない」
「……なんか格好いいふうなこと言ってるけど最低だよね」
「心配すんな。姉ちゃんの見込んだ男がちゃんとしたやつなら、それなりに責任も取ってくれるって。向こうから手を出したことにできればなお良いな」
「そんな、あの人の幸せを崩すようなこと……」
「だって姉ちゃんもとからそのつもりだったんだろ?」
「うん、まぁ……っていやいやいやいや! なかったから! そんなつもりこれっぽっちも! わたしとあの人は清いプラトニック・ラブの関係で」
「ぶっ、笑わせんな。ただの片想いのくせしてなにがプラトニック・ラブだよ」
「うぐ」
「ていうか最近は略奪する姿勢見せてたじゃん? おれは応援するよ?」
「だってあの人、奥さんもいるし、子供だってできるし……」
「関係ない。それらは姉ちゃんの恋路を邪魔する障害以外のナニモノでもない」
「なに言って」
「なんならおれが取っ払ってあげようか?」
「え」
「うん、そしたらおれは人妻味見できるし、姉ちゃんは恋が叶うし、一石二鳥じゃん」
「あんた……」
「奥さんがよく行くスーパー、教えろよ」




