Platonic Love
パジャマ姿でボサボサ頭の弟が起きてきたのは、お弁当箱に最後の卵焼きを詰め終えたときだった。
「おはよ。寝癖すごいよ」
「んー」
「ここで頭ガシガシかかない」
髪の毛が落ちたらどうする。
未だ寝ぼけ眼の愚弟を押しのけ、お弁当の仕上げに取りかかる。今日の朝と昼のメインのおかずは天ぷらだ。
「んあ、パチパチうるさいと思ったらまーた天ぷらか。おとといと同じじゃん。つか朝から揚げ物って……」
「作ってもらってる分際で文句ゆーな」
起きてきて早々ブツクサと漏らす不届き者を睨みつけつつ、水玉模様とチェック柄のランチバッグにお弁当箱を入れる。
弟はいつも購買で買って食べると言ってきかないが、これも我が家の食費を少しでも節約するためだ。そんなに嫌ならバイトでもして自分で買え。
「これあれだろ? 上司の人が好きだってやつ」
「そ」
「は、おかずの交換でもしてーの?」
「…………」
寝起きのくせに鋭いやつ。
「図星かよちくしょー。あー、おれの栄養が偏るのはそいつのせいかー」
「早く朝ご飯食べて学校行け」
「姉ちゃんは?」
「作りながら食べた」
弟にランチバッグを押し付け、わたしも化粧台の前で出勤の準備を始める。今週は少し気合いを入れてグロス系の口紅で行こうか。目尻はくっきりさらっと、クールさを醸し出して。先週の可愛い系は、あまり受けがよくなかったみたいだから。
「じゃ、行ってきます。後片付けよろしくね」
「うぃー」
トートバッグにお弁当を突っ込み、朝ご飯をもそもそしている弟と仏壇の両親に挨拶をして家を出た。
わたしには好きな人がいる。勤務先の同じ部署に勤める男性(二十七歳)だ。でもその人は民法739条が定めるところの婚姻関係を成立させた男性であり、もうすぐ父親になる立場であり、毎日ほぼ定時に退社して週末の飲み会もほとんど出席しないという愛妻家。はっきり言って、つけいる隙なし。
でもいい。あの人とは今以上の関係を望んでいない。お喋りしつつランチを一緒に食べる、という以上の関係は。
これはプラトニック・ラブ、ってやつだ。純粋な気持ちだけの恋で、あの人の奥さんとはまったく無関係なところで繰り広げられる一方的なほにゃららだ。
そんなわけで、今日も向かいの席でキーボードを叩く彼に声をかける。
「主任、お昼ご飯行きません?」
「んー、もう少しで終わるから待って。お腹減ってたら先に済ませていいよ」
「待ちます」
待つのだ。
待ってと言ってくれるということは、わたしと一緒にお昼ご飯を食べたいと少なからず思ってくれているということと見た。そのあとの先に済ませていいとかなんとかは照れ隠しかなにかだろう。ということにしておく。
待つこと二十分、ようやく彼は手を止めて立ち上がった。
「じゃあ行こうか」
「お腹空きました〜」
「ごめんごめん」
ランチの場所はいつもの社員食堂だ。本音はもっと二人きりになれるような場所に行きたい。でもあくまで社員同士がお昼を一緒にしているという体裁を保たないと、課長や部長からまた怪しまれてしまう。わたし的にはそれも悪い気はしないけど、それで主任の立場が悪くなったり、一緒にお昼を食べられなくなるのはマズい。
「尾先さん、今日のおかずも天ぷら?」
「はい、好きなので。主任も天ぷら好きでしたよね? お一ついかがです?」
「じゃあ貰おうかな。こっちのおかずも貰っていいよ」
「それは悪いですよ。愛妻弁当に手を出すなんて」
「そんな大仰なもんじゃないって」
いやいや、オムレツにハートマークが書いてあるお弁当を愛妻弁当と呼ばずしてなんと呼ぶんですか。ケチャップじゃなくてマヨネーズという点だけ少し変わってるけど。ていうか今どきオムレツにハートマークて。見せつけなのかコノヤロウ。
「ではオムレツ半分もらいます」
そのハートマークを真っ二つにするわたしもわたしだが。




