楽しみな老後
土手に座り込み、沈む夕日と川のせせらぎを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛もない会話を始めます。
「向こう岸、老夫婦が手を繋いで歩いてますよ。睦まじいですね」
「うん、和むよね、ああいう風景見てると」
「あなたは退職したら何して過ごしたいですか?」
「ろ、老後の話? あんまり考えたことないなぁ」
「人生なんてあっという間ですよ。今からある程度先のことも考えておかないと、ただ目の前のことをこなすだけの機械になってしまいます。人間の人間たる所以は、未来に目を向けられる能力なのですから」
「突然深いこと語り出した……。二十代のうちからそんな先のことまで考えてる人なんてそうそういないだろう。君は老後のこととか考えてるの?」
「当たり前です。むしろ老後のことを考えて、あなたとこうして付き合っていると言っても過言ではありません」
「マジか」
「今のことだけを考えてるのであればあなたより素敵な男なんてごまんといるでしょう」
「え、面と向かってそう言われると傷付かざるをえないんだけど。そりゃ僕が男として魅力ある存在だとは思わないにしても他ならぬ君にそう言われると涙腺に込み上げてくるものがあるんだけど」
「たとえば私の美的感覚にかなう顔やスタイルであったり、むくつけきボディであったり、富であったり名声であったり、権力であったり、エッチの上手さであったりというのは当然評価指標としてあるわけです」
「…………」
「しかして老後。老いた後、顔や体や性欲は衰え、富や権力は次代へと受け継がねばならず、名声ももはや形骸……そしてそれらを失った配偶者というのは、果たしてどれだけ私の人生にクオリティをもたらしてくれるのか?」
「しっかり考えてるのはわかったけど、なんかそこまで考えられてると思うと少し怖い部分もあるな」
「何をおっしゃいますか。これから社会がどうなるかわかりませんが、老後というのは相も変わらず人生の三分の一くらいを占めているのです。寿命によってはもっと。その期間の楽しみまで考えて、初めて老後を考えたことになるでしょう」
「ホントにそんなところまで考えて僕と付き合ってるの?」
「あなたはそこまで考えて私と付き合っていますか? 自分のことをなぜだか好いていてくれているし、美人だし、おっぱい大きいし、面白いから付き合っとこう、くらいにしか考えていないのでは?」
「よくも自分のことをそこまで過大評価できたもんだな。もっとちゃんと考えてるよ。どうやったら君のひん曲がった性根を叩き直してやれるかとか」
「そういうところが、あなたの衰えなさそうな魅力の一つですよ」
「口が減らないな」
「老後も減る予定はありません」
「それは楽しみだ」
一人が腰を上げると、もう一人も立ち上がります。
そうしてどちらからともなく手を繋ぎ、今日に背を向けて、去っていきました。




