ほどほどな身の程
土手に座り込み、沈む夕日と川のせせらぎを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛もない会話を始めます。
「あなたは自分の会社、気に入ってますか?」
「え? 人並みには満足してるけど。なんで?」
「私はあまり気に入ってないんです」
「それは、なんというか残念だね。人間関係で悩んでるなら相談に乗るよ? 力になれるかどうかはわからないけど」
「対人関係はそこまで気にしていません。なんというか、いったい私はこんな平凡に人生を終えていいのかと、今さらになって考えてしまうんです」
「唐突に青臭いな。入社二年目くらいに出てくる悩みを引きずってるのか」
「だって、あと数十年同じ職場で勤め上げなきゃいけないんですよ? 会社勤めになるって、ある意味人生における自由の半分くらいを手放すことでは?」
「自由の定義が組織に属さないことだとして、定年まで勤めるならそういうことになるのかな」
「そうしてたくさんお金を稼いで、いったい何になると言うのでしょう? 自由を手放してまですることとは思えません」
「いやいや、その自由を手に入れるための道具がお金だから。お金があれば一人じゃできないこともできたりするし、特別な技能がなくても、それを持ってる人に頼めたりするだろ? お金を使っているのに自由を感じないってことは、使い方が下手なんじゃない?」
「結構傷つくことを直球で……」
「ただの予想だよ。君、ふだんどんなことにお金使ってるの? て、なんか不躾な質問かもしれないけど」
「えーっと食べものとー、ファッションとー、本と、化粧品と、健康食品と、その他もろもろの始めようと思って続かなかった趣味などですかね」
「どこにでもいる浪費家だな」
「あと気になるあのヒトを落とすには、的なネット上の情報商材などを少々」
「絶対的な無駄遣いだからやめろ」
「これだけお金を使っているのに何も満たされないんですよね」
「それだけお金使ったならそろそろ自分の心は消費で満たされないんじゃないかと気付けよ」
「あなたはどんなことに使ってるんですか?」
「ほとんど使ってない。貯めてる」
「ある意味一番不毛なお金の使い道ですね。よく私に向かってお金の使い方が下手だなんて言えたものです」
「それでも満足してるからね、現状に」
「そこが不思議です。いったいどういう洗脳を受ければそんなふうになれるのか」
「洗脳じゃねーよ。仕事が楽しいんだよ。あとは身の程をわきまえてるからかな。自分の人生これで十分、って」
「む、それだとまるで私が身の程知らずみたいじゃないですか」
「まさしく」




