寝取られ
「こんばんは……って、今日もまたおいしそうなもの食べてますね」
「ちらし寿司だよ」
「つらすずす!?」
「訛るな。昨日から何? マイブームなの?」
「ずるいです! 私と暮らしてたときにはそんな豪華なもの作ったこと」
「あっただろ。食べてくれる人間がいた分、腕によりをかけて作ってたよ」
「今日だって私はレトルトカレーだったのに……」
「だからカレーくらい自分で作れ。料理本とかネットとか見てさ。時間が無いわけじゃないでしょ?」
「節約して貯金するって話だったじゃないですか」
「自分で料理すれば一食三百円もかからないよ。まあ作らないなら作らないでいいけど、僕は可能な限りこのビデオ通話で君に手料理を見せつけることにしたから」
「ちょっ、やめてください! こっちはショボいご飯しか食べてないのに、そんなの毎晩見せつけられるなんて堪えられません!」
「だったら君も家事くらいできるようになれ。そうだ、明日から作った料理見せ合おう」
「い、嫌ですよ。そんな東京スカイツリーの横にマッチを置いてサイズ比較するような真似」
「自分で言うな。最初はそうかもしれないけど、じきに東京タワーレベルになるって」
「無理です無理無理。第一、『料理がマズイ』は私の特徴の一つですよ?」
「その苦手意識がよくないっていうか、短所をアイデンティティーにするな。メシマズキャラなんて巷に溢れかえってるんだよ。そろそろキャラの成長を描くべき時期にきてるんだよ」
「精神的な意味で人間に成長なんてありえません。天国も地獄も来世も前世もありません。私はニーチェの永劫回帰思想を支持します」
「ニヒリズムを都合の良い逃げ口上に使うな。精神的に成長しなくていいから料理できるようになれ。あのね、僕が君と結婚しないのってお金の問題もあるけど、第一に君の生活力欠如が理由だから」
「えっ? そうだったんですか? もっと早く言ってくださいよ」
「言っただろ。君が仕事やめて一緒に暮らすなら家事できなきゃダメだって」
「じゃあ、炊事ができるようになれば結婚してくれると?」
「炊事に限らず家事全般」
「ぐっ、それはなかなか高難易度ですね。ピアノ教室と三味線教室と生け花教室へ毎日通うような」
「そんな大変じゃないよ。料理以外はやる気さえ出せばどうにかなる」
「よーし、そうとわかれば頑張っちゃいますよ! まず掃除はルンバを買って」
「僕もうルンバと結婚する」




