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179/2024

ベッド

 コタツの中で足を温め、窓の向こうの夕焼けと街の灯りを見つめながら。

 一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。




「せっかく春分の日でお休みだっていうのに、忙しそうですね」


「引っ越しの荷造りが思ったより大変でさ。思ったより荷物ってあるもんだね」


「荷造りより子作りしましょうよ」


「手伝ってくれとは言わないから、せめて黙っててくれ。いらない家具も捨てなきゃいけないな。特にベッドとか」


「えっ、あの小綺麗なベッド捨てちゃうんですか? もったいない……」


「社員寮に備え付けのやつがあるみたいだし、折り畳み式じゃないから引っ越しのとき邪魔になるんだよ。だったらもういっそ捨てたほうがいいかなって」


「いたずら書きみたいなのありましたけど、結構昔から使ってるんじゃないんですか?」


「うん、たぶん小学生のときからこれで寝てたね。二十年近く、よく使ったもんだよ」


「そんな長きに渡ってお世話になった家具をよく『邪魔になった』なんて理由でポンと捨てられますね。大量消費社会の麒麟児ですか」


「変な渾名つけるな。むしろ物持ちいいほうだろ」


「可哀想なベッド。私も他人事ではない気がしてきました。十年くらい一緒に過ごしたらある日突然捨てられるんじゃ……」


「物持ちいいほうだって言ってるだろ。ベッドだってもちろん愛着がないわけじゃないさ。でも結局いつかは捨てなきゃならないし、床板も傷んできてるみたいだから、怪我する前にね」


「では捨てる前に、あのベッドの上で」


「却下だ」


「まだ全部言ってませんけど」


「どうせろくでもない提案に決まってる」


「ほら、今ってちょうど卒業式の時期じゃないですか。ですから童貞卒業式しましょう」


「予想以上にろくでもなかった。ベッドの話はどこ行ったんだ」


「ですから、ベッドにあなたの童貞卒業姿を見せてあげるべきだと思うんです」


「ごめん、日本語で喋ってもらえるかな?」


「ベッドの気持ちになってみてください。あなたを子供の頃から、中学、高校、大学、社会人とずっと見守ってきた私――けれどもう家具としての寿命を迎えようとしている。ああ、せめてあの子が童貞を卒業するまで生きていたかった……」


「君の想像力が豊か過ぎてついていけない。ベッドがそんなこと考えてるなら一刻も早く捨てるべきだ」


「叶えてあげましょうよ、その願いを。小さい頃からずっと一緒に寝てきた男の子が、自分の上で男になるなんて、寝具冥利に尽きると思いませんか?」


「手伝えとは言わないからせめて黙ってろ」





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