ベッド
コタツの中で足を温め、窓の向こうの夕焼けと街の灯りを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「せっかく春分の日でお休みだっていうのに、忙しそうですね」
「引っ越しの荷造りが思ったより大変でさ。思ったより荷物ってあるもんだね」
「荷造りより子作りしましょうよ」
「手伝ってくれとは言わないから、せめて黙っててくれ。いらない家具も捨てなきゃいけないな。特にベッドとか」
「えっ、あの小綺麗なベッド捨てちゃうんですか? もったいない……」
「社員寮に備え付けのやつがあるみたいだし、折り畳み式じゃないから引っ越しのとき邪魔になるんだよ。だったらもういっそ捨てたほうがいいかなって」
「いたずら書きみたいなのありましたけど、結構昔から使ってるんじゃないんですか?」
「うん、たぶん小学生のときからこれで寝てたね。二十年近く、よく使ったもんだよ」
「そんな長きに渡ってお世話になった家具をよく『邪魔になった』なんて理由でポンと捨てられますね。大量消費社会の麒麟児ですか」
「変な渾名つけるな。むしろ物持ちいいほうだろ」
「可哀想なベッド。私も他人事ではない気がしてきました。十年くらい一緒に過ごしたらある日突然捨てられるんじゃ……」
「物持ちいいほうだって言ってるだろ。ベッドだってもちろん愛着がないわけじゃないさ。でも結局いつかは捨てなきゃならないし、床板も傷んできてるみたいだから、怪我する前にね」
「では捨てる前に、あのベッドの上で」
「却下だ」
「まだ全部言ってませんけど」
「どうせろくでもない提案に決まってる」
「ほら、今ってちょうど卒業式の時期じゃないですか。ですから童貞卒業式しましょう」
「予想以上にろくでもなかった。ベッドの話はどこ行ったんだ」
「ですから、ベッドにあなたの童貞卒業姿を見せてあげるべきだと思うんです」
「ごめん、日本語で喋ってもらえるかな?」
「ベッドの気持ちになってみてください。あなたを子供の頃から、中学、高校、大学、社会人とずっと見守ってきた私――けれどもう家具としての寿命を迎えようとしている。ああ、せめてあの子が童貞を卒業するまで生きていたかった……」
「君の想像力が豊か過ぎてついていけない。ベッドがそんなこと考えてるなら一刻も早く捨てるべきだ」
「叶えてあげましょうよ、その願いを。小さい頃からずっと一緒に寝てきた男の子が、自分の上で男になるなんて、寝具冥利に尽きると思いませんか?」
「手伝えとは言わないからせめて黙ってろ」




