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171/2024

人参

 雲一つない静かな夜。無数に輝く街の光にまた一つ、小さな明かりが混じります。そのささやかな灯の中で、二つの影が揺らいでいました。




「晩御飯作り、お手伝いします」


「引っ越しが近くなると珍しいことが立て続けに起きるな。料理覚える気になったの?」


「また一人暮らしに戻りますから、あなたがいるうちに横で見て勉強しようかなと」


「いい心がけだね」


「あなたの手料理に慣れちゃって、もうインスタントやレトルトじゃ満足できない身体になってしまったというのもあります」


「責任取って教えてあげるよ。って言っても、今日は鍋だから野菜切るくらいしかすることないんだけどね。僕は出し汁作るから、野菜切るのお願いしていい?」


「任せてください。野菜かどうかもわからなくなるくらい切り刻んであげます」


「その頑張りはいらない。普通に切れ。手を切らないように気をつけてね」


「アイタァッ!」


「フラグ回収早いよ。ビーチフラッグスか」


「うぐぅ……人参の短冊切りって難しいです」


「一個丸々短冊切りにしようとするやつ初めて見た。もはや短冊じゃないし滑るに決まってるだろ。分割してから縦に切るんだよ、こういうふうに」


「おおなるほどー。さすが料理の鉄人」


「小学生でも考えればわかることだと思うけど。まあ、やってみて」


「はーい」


「出し汁のほうはもうちょっとかな」


「…………」


「…………」


「……一本で〜もニンジン」


「沈黙が堪えられないからって急に歌いださないで。あの、ほら、著作権的にね? いろいろ大変だから」


「歌じゃなくて、一本でもニンジンなんて不思議ですね、って言おうとしただけですよ。『で〜』と伸ばしたのはかぶいてたんです」


「そっか。それならいい……のか?」


「…………」


「…………」


「……一発で〜もニンシン」


「そんなに静かな空気苦手!? 替え歌にすればいいってわけじゃないし不穏な歌詞やめろ!」


「あ、そっか……結婚拒否されたからって諦めなくても……既成事実さえ……」


「偶然得たインスピレーションをブツブツ呟くな。聞こえてるから。あとそれ何の解決にもなってないから。むしろ問題に問題を重ねてるから」


「あの、何一つ進展のないまま離れ離れっていうのも寂しいと言いますか……実は今日安全な日なんですけど、引っ越す前に思い出作りしませんか?」


「作ろうとしてるのは思い出だけじゃないよね?」





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