禍福
雲一つない静かな夜。無数に輝く街の光にまた一つ、小さな明かりが混じります。そのささやかな灯の中で、二つの影が揺らいでいました。
「神様なんていないんですね」
「帰ってくるなりどうした。ひねくれた世界観の宗教に勧誘でも受けたのか」
「見てください、コレ……」
「ゲーム機がどうかしたの? あ、スイッチが入らない」
「さかのぼること三十分前のことです」
「なんか語り出した。たいしてさかのぼってないし」
「帰りの電車の中が珍しく空いていたので、席に座ってゲームしてたんです」
「職場にゲーム機なんて持って行ってる時点でなんかもう間違ってるだろ」
「特定の曜日かつ特定の時間帯でしかエンカウントできないイベントがあるんです! で、ピコピコしてたら途中の駅で性別がわからないレベルのお年寄りが乗ってきたんです。もう空いてる席はなかったので、ここは譲るしかないなと思いまして」
「偉いね」
「でしょう!? 偉いでしょう!? ノーベル平和賞が授与されてもいいくらい立派な慈善行為でしょう!?」
「いやさすがにそこまでじゃないし自分で言うな」
「ここまでは良かったんです。車内には微笑ましく穏やかな空気が流れ、席を譲った私はまるで聖人」
「一皮剥けば傍若無人な利己主義者なのに」
「しかし、立ち上がった私がショルダーバッグにゲーム機をしまおうとした時、悲劇は起きたのです」
「落としたのか」
「……わりと豪快に、ガシャーンと」
「あー、なんていうか居たたまれないな。君も周りの人たちも。でもほら、誰かの足の上に落ちたりしなくてよかったじゃん」
「誰かの足がクッションになって壊れずに済んだならそっちのほうがよかった……」
「クズな発言やめろ聖人。テンション下がってるのはわかるけど。席を譲らなければ起こらなかった悲劇ってところがまた複雑だな」
「善行をした結果がこんな不幸だなんて、間違ってます。こんな世界いっそ滅んでしまえばいいのに」
「八つ当たりもいいところだ」
「禍福はあざなえる縄のごとしとか人間万事塞翁が馬とかいいますけど、全部嘘っぱちです」
「その二つは今回の件に見事当てはまってるんじゃないだろうか」
「賞賛の視線を受けただけでゲーム機破損って、どれだけ下の振れ幅大きいんですか! 縄だったらビロンビロンですよ! 塞翁死にますよ!」
「ショックのあまり意味不明なこと言い出すな。わかったよ。じゃあ今夜の晩御飯は外食しよう。おごるから」
「そんなことより慰めてください性的な意味で」
「自重しろ性人」




