着る
雲一つない静かな夜。無数に輝く街の光にまた一つ、小さな明かりが混じります。そのささやかな灯の中で、二つの影が揺らいでいました。
「なんだか今日はこたつから一歩も出たくない気分です。エアコン切ってあって寒いですし、お風呂以外はずっとここにいることにします」
「節約してるのに節約前の君と全く変わってないのはなぜだ。むしろ料理の手伝いすらしてくれなくなって悪くなった気さえする」
「ギリシャ時代の哲学者にディオゲネスという人がいたそうです。彼は特定の家を持たず、樽の中で過ごしていたとか。そんな彼をリスペクトし、私もこたつとともに生きていくのです」
「その人は禁欲的なことを考えて樽に住んでたんだろ。君の腰から下、物質的快楽の塊じゃんか」
「もちろん少しずつ贅沢から離れていくんですよ。第一段階としてエアコンを停止し、第二段階としてこたつから出、第三段階として服を脱ぎます」
「そこまで退化するな。光熱費かからないんだから服は着ろよ」
「着るこたつ、みたいなの売ってませんかね?」
「着る毛布っていうのはあるみたいだけど。前に一度そんなことあったな。こたつひっくり返したら君が全裸だったっていう」
「あの頃は若かったんです」
「過去の話にするにはまだ半年も経ってないよ」
「それはそうと着るこたつ。電気毛布の原理で服を暖めればいいんじゃないでしょうか」
「水場での作業時とか風呂上がりに切るとかしたら感電しそう。電源は?」
「熱を逃がさなければいいんですから、まず普通に家庭用電源から電気を供給して暖めておくんです。こうすれば水がかかって感電なんてこともありません」
「こういうときだけ無駄に頭が回るなぁ」
「誰か作って売ってください。着る○○シリーズ、流行るかもしれません。現代人は無駄を省くことが大好きですから、きっと売れます。着るパソコンなんて良さげじゃないですか?」
「ウェアラブルコンピュータっていうのが既にある」
「じゃあ夏用に着るエアコンとか」
「重そう。排熱はどこからするんだ」
「着る自転車とか」
「トランスフォーマーの出来損ないみたいなのしか思い描けない。なんでも身につければいいってもんじゃないだろ」
「着る風呂」
「どんな構造でなんのメリットが」
「着るトイレ」
「オムツでも履いてろ」
「着る家」
「樽に住め」
「着るビル」
「なぜかクエンティン・タランティーノ監督が」




