のびしろ
雲一つない静かな夜。無数に輝く街の光にまた一つ、小さな明かりが混じります。そのささやかな灯の中で、二つの影が揺らいでいました。
「ケータイの電池がすぐ切れるようになってきました」
「使いすぎなんじゃない? それか充電しながら使ってるとか」
「あ、それやってます。ダメなんですか?」
「詳しくは知らないけど、よくないらしいよ。人間だって食べながら走ったら普通に走るより疲れそうだろ?」
「あれ意外と神経使いますよね」
「やったことあるのかよ」
「トースト食わえて走るくらいならまだ問題ないんですけど、牛丼とかラーメンだとちょっと……」
「ちょっとってレベルじゃないよ。なんで朝からそんな重いもの食べてんだ。よく太らないな」
「走りながらですから」
「そういう問題じゃない」
「ああなるほど。充電しながら使うとケータイの電池が太るのはそういう理由ですか」
「納得するな。絶対違うから」
「なんにせよ困りますねぇ。電池残量四十パーセントもあるくせに電源切れちゃうのは。余力全然残ってるじゃないですか。イケるイケるまだまだ頑張れるよそこで諦めてどうするんだ」
「電池相手に熱くなるな。古くなったなら買い換えれば? ケータイ自体変えなくても、電池交換くらいなら安く済むでしょ」
「そんな、今まで大切に扱ってきたこの子を手離すなんて……」
「消耗品に愛着わくとか難儀だな。大切に扱ってないからこうなったんだろ」
「あなたにはそう見えたかもしれません。でも私なりに愛情をもって接してきたんです。厳しく当たるときもありましたが、それもこの子のことを想って」
「微妙に遅い時事ネタやめろ。しかも君のは確実に自分のことしか考えてないだろ」
「ある程度の厳しさは必要ですよ。消耗したなどとほざいて職務をサボろうとするケータイには、時に鉄拳制裁が必要になることもあります」
「ただの気が短いやつだそれは。叩いてどうにかなるもんじゃないだろ」
「中にはメールをなかなか受信しなかったりアプリが起動できなかったりフリーズしたり勝手に再起動したりと酷い子もいますからね。殴りたくもなるでしょう。アアアッてなるでしょう」
「時事ネタにかこつけて特定の機種を揶揄するのはやめろ。今はそんなことないから」
「ね、やっぱり叩かれて改善されていくものってありますよ。むしろ叩かれなければ伸びないんです」
「僕も君に対してもっと厳しくすればいいの?」
「そうですね。叩かれることに快感を覚えるようになるかもしれません」
「そっちに伸びるな」




