失せ物
雲一つない静かな夜。無数に輝く街の光にまた一つ、小さな明かりが混じります。そのささやかな灯の中で、二つの影が揺らいでいました。
「うーん、ここにもない。ここにもない」
「何してるの?」
「ちょっと失礼します。……ここにもないですか」
「おい、なんで今ズボンのポケット越しに僕の股間を握った」
「テレビのリモコン知りませんか? さっきからずっと探してるのに見つからないんです」
「まず目のつけどころがおかしいから。まじめに探せよ」
「隅から隅まで探しましたよ。台所もお風呂もトイレも」
「風呂やらトイレでリモコンをどう使うと」
「そ、そんな恥ずかしいこと言わせないでください……」
「何に使ってるんだお前は」
「しかしこれだけ徹底的に探してないなんて、おかしいですねぇ」
「無理矢理話を戻された」
「まさか……泥棒!?」
「なわけあるか。リモコンだけ盗んでいくってどんな泥棒だ。そいつもリモコン無くして困ってたとでも?」
「……なるほど。謎は全て解けました」
「何か思い出したの?」
「ふふふ、とんでもない名推理を思いついてしまいました」
「『推理を思いつく』って時点でもういろいろと間違ってると思う」
「リモコンは未来からタイムマシンでやって来た私たちが持っていってしまったんです!」
「ケータイにリモコンアプリってなかったっけかなー」
「ちょっと! 私は至ってまじめですよ! だってそうとしか考えられないじゃないですか! どこを探しても見つからなくって、かつ今あのリモコンを必要としてる人間って私たちしかいませんもん」
「いつから盗まれたことが前提になったんだ。どっかに隠れてるだけだよ。案外、ポケットに突っ込んだまま洗濯しちゃったとかそういう感じじゃ……って、ホントに洗濯機の中に入ってるじゃん!」
「ええ!? 誰ですかそんなとこに隠したのは」
「君のジャージのポケットから出てきたぞ」
「あー……。いや、ええ、まあ、落ち着いてください。これはきっと、何かの罠です」
「なんでも陰謀論に持ってくんじゃない。案の定壊れてるね。テレビが全く反応しない」
「おお、水に濡れた程度で壊れてしまうとは情けない」
「こいつ洗濯機に放り込んでやろうか」
「仕方ないですね。修理しますか」
「そんな簡単に直せてたまるか。電気屋で取り寄せてもらったほうが早い」
「じゃあ今度は洗っても大丈夫なように、防水機能付きのやつにしましょう」
「残念ながらメーカー側もリモコンを洗濯するようなバカがいるとは考えてない」
「だったら発信器付きのやつに」
「少しは自分で気を付けようと思えよ!」




