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バレンタインデー

 雲一つない静かな夜。無数に輝く街の光にまた一つ、小さな明かりが混じります。そのささやかな灯の中で、二つの影が揺らいでいました。




「さあ、今日は待ちに待ったバレンタインデーですね」


「待ちに待ってた人とそうでない人がいると思うけどね」


「ブププ……独り身の方は御愁傷様です。自分でブラックサンダーなりチョコバットなり買って一人寂しく隅っこのほうで泣きながら食べてればいいと思いますよ」


「全力で喧嘩を売りに行くんじゃない」


「幸いにも義理チョコなり友チョコなり自分用チョコなり、カップル以外でもバレンタインデーを楽しむ手法がいろいろ用意されてますから、お菓子メーカーのご厚意に甘えてみては?」


「その言い方だとお菓子メーカーから凄まじい偽善者の匂いが」


「お金は愛を生みません。しかし愛はお金を生むのです」


「笑顔で商業主義の核心をつくな。途端バレンタインデーが欲望渦巻く魔の一日に思えてくるだろ」


「まあ、ときにお金が愛を生むこともありますね」


「そっちはフォローしなくていい」


「さておき、儀礼に則って私からあなたへチョコを進呈したいと思います。頑張って作りました」


「ありがとう。なんかでかいな。これ全部チョコ?」


「どうぞ開けてみてください」


「包装がやけに厳重なんだけど……って、なにこのデスマスクみたいなの」


「私の顔です」


「きもっ!」


「酷い言い草ですね。うまく型取りするの大変だったんですよ? びっくりしましたか?」


「びっくりのベクトルが虚数軸方向だ」


「ちなみに顔だけでなく手、足、胸、お尻等身体の各部位を取り揃えています」


「なにその執念。呪いの人形でも作る気だったのか。どんだけ板チョコ使ったんだよ」


「最寄りのスーパーの棚から板チョコが消えるくらい」


「いい迷惑だな。これだけの量、テンパリングとか大変だったんじゃない?」


「途中からそのあたりの細かいことが面倒になったので、首から足にかけてはボソボソです」


「つまり顔以外ボソボソじゃねぇか! 食べ物粗末にするなって言ってるだろうが!」


「チョコは私と感覚を共有しているので、舐めると私が反応しますよ」


「中学生の下卑た妄想みたいな設定やめろ。その理屈でいくと君はいま首から下がボソボソなわけだが」


「顔はできればこう、唇のあたりを入念に舐めつつ味わっていただきたい」


「食べきれないから二人で分けよう」


「ぎゃあああっ! 顔面真っ二つなんてどう反応すれば! 岩山両斬波食らった人みたいになればいいんですか!?」


「無理してシンクロしようとするな」





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