ことわざ
雲一つない静かな夜。無数に輝く街の光にまた一つ、小さな明かりが混じります。そのささやかな灯の中で、二つの影が揺らいでいました。
「『豚もおだてりゃ木に登る』って諺があるじゃないですか」
「どんな人でもおだてれば従来以上の力を発揮するって意味だね」
「私、これがどうにも気にくわないんですよ。だって登れませんもん、豚」
「またどうでもいいことを……。諺にいちいち文句つけるなよ」
「いえ、他の諺は共感できたり納得できるものばかりです。馬の耳に念仏、そりゃ意味ないですよね。覆水盆に返らず、こぼしちゃった水をお盆に戻すのは無理です。東大モトクロス、勉強もできてモトクロスもできたらそりゃあもう無敵です」
「最後のは違う」
「でも『豚もおだてりゃ木に登る』は明らかに変です。手元の辞書で『諺』を引くと『古くから言い慣わされていた言葉。教訓、風刺』なんて書いてありますけど、前提として万人が納得いくようなものじゃないとダメでしょう?」
「君の感性が万人から外れてるって結論にはならないかな?」
「じゃああなた、豚が木に登ってるところ見たことあるんですか? おだてたことすらないでしょ?」
「あったら相当な変人だ。小学生みたいな屁理屈言うな。だいたい共感できない諺なんて他にいくらでもあるだろ。『腐っても鯛』とか」
「ああ、あれは確かに変ですよね。腐った鯛を食べて死んだ将軍だっているというのに、教訓が全く生かされてません」
「『船頭多くして船山に登る』とか」
「それはワンピースで見ました」
「共感できるのかよ」
「『ヘソで茶を沸かす』とか『喉から手が出る』とか『頬っぺたが落ちる』とか、実際そんなことになったらホラーです」
「言葉の綾を掘り返し始めたらキリがないってことに早く気づけ」
「『雀百まで踊り忘れず』も変です。百まで生きませんよ雀。踊りって、ディズニーですか」
「どんなツッコミだ。確かにモノや動物がよく踊ってるけども」
「それから『金がものを言う』も『膝が笑う』も『目くそ鼻くそを笑う』もおかしいです。ディズニーですか」
「そんなもん出てきてたまるか。モノが喋ったり踊ったり笑ったりすればみんな夢の国か」
「『目くそ好きの鼻くそ嫌い』とかなら納得できます」
「するな」




