五百円
「いやぁ、突然断水だなんてびっくりしましたね。近場に銭湯があって良かったです」
「ホントにね。料理もできないから、夕飯も近くのラーメン屋で済ませちゃおうか」
「いいですね。とその前に、お風呂上がりのコーヒー牛乳を一杯……あ」
「どうしたの?」
「私の五百円が! 自販機の下に!」
「あーあ。もったいない」
「な、なんとかして取り戻さねば! ああ、あんな奥のほうまでいっちゃうなんて……」
「こら、自販機の下漁ってるみたいで恥ずかしいぞ。子供じゃないんだからやめろ」
「ではあの五百円は諦めろと!? そんな殺生な。お客様の中にお子様はいらっしゃいませんかー!?」
「叫ぶな」
「だって五百円ですよ? 百円ならまだしも、うまい棒五十本分ですよ? キャベツ太郎二十袋分、蒲焼きさん太郎五十枚分、マルカワコーラフーセンガム五十個分、チョコバット十五本分ですよ!?」
「なんで全部駄菓子換算なんだ。嗜好まで子供なのか」
「発泡酒と焼き鳥で晩酌できるんですよ!?」
「だからって一気におっさん臭くなるなよ」
「これが遠足なら、持っていけるおやつ五百円分を全て失ったことになります。みんなが和気あいあいとおやつ交換している中、私は一人群れを離れて食べられる野草を探すことに……」
「悲しい想像して勝手に鬱な気分になるの、悪い癖だぞ」
「ああ、私はこれから一生、五百円程度の買い物を我慢するたびに『あのとき五百円を落としてなければなぁ……』と後悔し続けなければならないんですね」
「いつまで引きずる気だ。ラーメン奢ってあげるからそれで機嫌直せ」
「ま、まことですか! ああ、今ならあなたの言うことなんでもきいてあげられます」
「調子いいなオイ」
「どんな変態的な嗜好にも応えますよ。ナニして欲しいですか?」
「とりあえず掃除してもらおうかな」
「わかりました。全身くまなく舐め」
「部屋の掃除だ。すぐピンク色な方向に話を持ってくんじゃない」
「チョコバットの掃除だってしてあげますよ?」
「最低な隠喩やめろ。もうラーメンのことでも考えとけ」
「そういえばラーメン屋なんて久しぶりです。あなたは何を頼みますか?」
「無難に醤油ラーメンかな。味卵だけ追加する。君は?」
「一番高いやつにトッピング全部で」
「少しは遠慮しろ」




