その15
と、言うことで。
ひき続き祝部ひかりは戸惑っていた。と言うか正直、とってもウザいと想っていた。なにに? そう、内海祥平に。と言うのも彼が、放課後、みんなで劇の準備をしている時とかに、
「お、おう、祝部。じ、じつはロミオのい、衣装のことで、ちょおっとした、質問? というか、か、確認が――」
と、ひかりのところに訊きに来るので、それでひかりも、
「え? あー、うん。内海くんの衣装はさ、私じゃなくて矢川さんたちの担当だから――あ、ねえ、アキちゃーん」
と、訊かれた問いに適切な回答が出来る相手にトスしたにも関わらず、数分もしない間に戻って来ては、
「た、た、ただいま。祝部」
「あ、矢川さんたちどうだった? 訊きたいこと訊けた?」
「う、う、うん。じゅ、順調そうだった」
とそれだけ言っては、なんだかひかりの横にヌボーッと突っ立ってるし、なんかまだ訊きたいことあるのかなー? と想った彼女が、
「うん? なに? なにか他にも?」と訊いても、
「あ……、いや……、うん。別に……」とだけつぶやいては、「……うむ」
と、衣装づくりの邪魔になるからどっか行ってもらいたいなあ、と想っているひかりの様子なんかには気付きもしない感じで、
「あ、おーい、祥平―、読み合わせの続きやるからこっちこーい」
と、脚本の村上くんに呼ばれてもなかなか動き出さなくて、
「おーい、先名さんも待ってるんだから、はやくしろよー」
と、先名かすみのお怒りオーラがこちらに届いてやっと動き出すのだけれど、それも、
「い、祝部!」
「はい?」
「お、おれ、俺のッ! ロミオッ! 俺のロミオをッ! 見ておいてくれッ!!」
とひかりが、「へえ、ちゃんと練習して来たのかしら?」とお裁縫の手を止めて遠くから見ていたら、
「愛はッ! ため息のッ! 煙ッ! でッ! 出来ていッる! ……じょうか? されるとッ! こ、こ、ここここここここ、恋人ッ! の目にッ! かがやく火となりッ! なやまされるぅとッ! こ、こ、こい、こい、恋人ッ! のなぁみだでッ! はッぐくまれる海に――あ、いや、となるッ!!!!」とか、
「ああぉあぁ!! あ、あのッ! あの窓から差し込む、ひ、ひかりッ!!! はなんだぁあ? あちらはひ、ひがしッ!!ならばひかりはッ! ……じゃなかった。ジュ、ジュリエットッ! はッ! お、おれの太陽だッ!!」とか、
「おおおぉお、まっことの薬剤ッ師よ。おまえーの薬は、速いッ!! おれはッ! こ、これでひ、いや、ジュリエットに、キ、キ、キッスッ! キスして死ぬぅッ!!!」みたいな?
まあ、そりゃ、努力のあとは認めるけどさあ、なんか知らんが、さっきのあっついテンションのままっていうか、まるで少年ジャンプ・バトルマンガのノリっていうかでロミオをやっちゃっうし、なんかしばしばどもるしセリフも間違えるし、愛とかキスとかのセリフのところで顔を真っ赤にしちゃったりするし、周囲の失笑を買うのはもとより、先名かすみの怒りの炎にさらに灯油ぶっかける感じになってるし、しかもそのままひかりの方を向いてはドヤ顔かましたりもして、で、まあ、そんな感じだから、
「ねえねえ、ひかりちゃん」
と、例のイッシ―こと石田先生もひかりに声を掛けて来るわけですよ、小声で。
「やっぱさ、かすみちゃんロミオであなたジュリエットの方がよくない?」と。
うん。なので、そりゃまあひかりも、戸惑うって言うか、内海のことをウザいって想っても仕方ない感じであったワケだけれども、しかもなんだかそればかりか、彼のドヤ顔の向け先がひかりだったからなのだろうが、ここでなんと先名かすみが、
ツカツカツカ。
と、一旦の休憩(脚本の村上くんによる内海くんへの指導とお願い)に入ったタイミングで、ひかりのとこまでやって来ては――、
「ねえ、ちょっと、ひか――祝部さん?」
「え? な、なに? かす――先名さん?」
「それ? 私の衣装?」
「あ、うん。むかしの、ディカプリオじゃない方の映画を参考に――」
「祝部さんが作ってくれてるの?」
「う、うん。わたしと駒月さんとトヨちゃんの三人で――」
「そう。キレイね」
「あ、でしょー、かす――先名さんスタイルいいからきっと映えると想――」
「ちょっと、当ててみてくれない?」
「え? でもまだまだ途中――」
「いいからッ!」
「あ、ご、ごめ――じゃ、じゃあ、まっすぐ立ってみ――」
「あ、いや、私にじゃなくて、ひか――祝部さん当ててみてよ――」
「え? でも、私とかすみちゃんじゃスタイルちがい過ぎて参考には――」
「いいからッ!」
「あ、あ、ごめ――こ、こんな感じかな?」
と、なにやら意味不明な要求をしては、ジュリエットの衣装を当てたひかりに、
「うん。ええ、やはりカワ――キレイなドレスね」
と言うだけ言っては、ツカツカツカ。とあちらへ向かって去って行き、今度は、
「矢川さん!」と、もうひとつの衣装チーム――ロミオの服を作っているグループ――のところへと歩いて行くのであった。真っ赤になってしまった顔を、ひかりに見られないよう注意して。「ロミオの服! ちょっと見せて!」
*
と、言うことで。
ここで突然、時間と空間と登場人物は入れ替わる。突然。いつものように。
そうして、その切り替わり先は、昨日公開分と同じく山岸まひろのマンション――ではなく、また別の止まった時間のなか、前に書いて止まったままになっていた、例の奇妙な橋の上、例の奇妙な境界線の上であり、時間や空間同様切り替わった登場人物と言うのは、亜麻色のサマーコートをまとった樫山ヤスコ――連絡の取れない石橋伊礼を訪ねるため家を出たまま道に迷った彼女――と、そうしてもうひとり、
ガッツン!
と、橋の上空でナニカにぶつかり、
ドッスン!
と、ヤスコの背後に落ちて来た誰か、ひょろっとしてなよなよっとした感じの成人男性的何者かであった。
「ああ、もう、ミスター」ヤスコはつぶやいた。そちらをゆっくりふり向きながら、「ひょっとして、またあなたが絡んでるの?」
何故なら彼とヤスコとは、彼女が九才の頃からの知り合いだったからである。彼は言った。
「いってててててて。こんどは、もろに腰を打っちゃったよ」とか、
「で? 今度はどこ……って、デジタル時計も変なままだなあ」とか、
「うーん? 重力の感じは、3900年代のシュールーによく似ているけれど……」とか、
まあ、そんなこんなを、橋の上に寝転んだまま、
「あ、でも、星の形は東銀河のものだなあ、大気も妙にうす汚れてるし」みたいに続けては、
「ねえ、ちょっと」と呼びかけるヤスコの存在にも気付かぬ様子で、
「環境保護用フォースフィールドも張られていないようだから、レベル5未満の辺境野蛮的粗野惑星なのは間違いないだろうけど――」みたいなことまで言い出しちゃうし、
「ちょっと、ミスター」と自分の惑星をディスられたヤスコが、
「うん。大気もまだまだ血生臭いし、ここはきっと西暦時代の超ド級辺境野蛮惑星・地――」と言う彼の言葉にプチッと切れて、
「ちょっとッ! ミスターッ!!!」
と、橋の上をブルッと揺るがすまでブツクサ言い続けていたのだが、ここでやっと彼は、
キョロキョロキョロ。
と辺りを見回すと、それでもずっと地面に寝っ転がったまま、
「あれ?」とこちらを見下ろしている人に気付いた。「ヤスコちゃん?」
「ひさしぶり」ヤスコは応えた。真っ赤な髪と白くて丸い彼の顔をのぞき込みつつ、「何年ぶり? 猪熊先生の結婚式にも来なかったわよね、あなた」
「え? あれ?」男は続けた。すこし混乱しているのか、「……まひろ君は?」
「え?」ヤスコは応えたが、「……だれ?」
それからふたりは、互いにしばらく、なんだか腑に落ちない表情で見つめ合っていたのだが、突然男が、
「あー」と何かを想い出したように、「きっと時空不連続帯の乱れとキャブランチからの逆流時間漏れが――」そう言い掛けて、「あれ? いや?」それでもやっぱり何かがちがうと想ったのだろう、「……混乱してるのは僕かな?」と言ってヤスコの顔をジッと見た。
そうして、そのためふたりは再び、しばらく無言で見つめ合っていたのだが、
「あのね、ミスター」あきれ気味にヤスコが言い掛けたところで、
「あ、でも安心したまえ」と赤毛のエイリアン・ミスターは言った。やっと、橋の上から立ち上がりながら、「大勢には影響ないし、実際それどころじゃないくらいに世界は終わりに向かって進んでいるからね」
「……は?」――なんですって?
「あー、だが、これから伝えることはキチンと覚えておいてくれよ、ヤスコちゃん。世界の命運っていうか、すべての宇宙の命運に関わって来ることだからね」
「……はあ」
「“君の姪御さんがピンチだ! 救けてやってくれ!”」
(続く)




