表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/180

その13

 ドッ、

 ドッ、

 ドッ、


 と、ふたたび三十八口径の弾丸は発射された。


 が、しかし、今回の撃ち手は、今まさに床に倒れ込んだ左武文雄ではなく、その後ろに隠れていた小張千秋であり、そうしてまた、彼女が狙ったのは、問題の男、預言者の横顔を持つその男ではなく、彼の頭上、切れ掛けている蛍光灯、それに、彼の背後に見えたこの病院の消火器であった。


「当たるかどうかは分かりませんけれど!」と小張千秋は祈っていた。何故ならいま一番の問題は、彼女の腕前であったから。


 と言うのも、先ず彼女は、先ほど左武が放った銃弾の動き――男の前で止まり、その後左武の下へと戻って来たその動き――その軌道修正にかかったその時間から、男が向かって来る飛来物を“ひとかたまりに”避けているのではなく、それらのひとつひとつを“個別に”認識、停止させ、動かしていると判断、


「なら、銃弾よりはこっちですよね」と頭上の蛍光灯を割り、その無数の欠けらを男に振り掛けることで男の気を散らし、更には、


「取っ手に圧力計があるのは……たしか蓄圧式!」と、その形状から、男の背後に置かれた病院の消火器を蓄圧式の消火器と判断。このタイプの消火器ならば、使用時に初めて加圧される加圧式消火器と違い、出荷時点で既に器内にガスが充填、蓄圧されているので、「うまく当たれば破裂するは――」


 ドッ!


 と、そうしてその一発は見事に命中した。彼女自身、まともに標的に当てられたのは、これが初めてであったけれども、それでも。彼女は叫んだ。


「やったぁ!」と。そうしてそれから、


 バンッ!


 とそれは破裂し爆発した。男に向かって大量のガスと消火剤を吹き付けながら。


「くそっ!」男はたじろいだ。


 が、それでも彼は右手を上げたまま――不思議な力で、壁にパウラ・スティーブンスを押し付けたまま――残る左手で斜めに空を切った。闇雲に。数回。明らかに小張千秋への怒りを込めて。すると直後、


 ブゥオン。


 と、彼と小張の間の空間が歪み、たわみ、そこで生じた位相のずれ、音の塊が、小張千秋の細いからだに、


 ドォン。


 と襲い掛かって来た。彼女が意識する間もなく。そのため、


「へ?」と彼女は後ろへ弾き飛ばされることになる。まるでなにかの木の葉のように。が、しかし、続いてここで、


 ドッ、


 とみたび、三十八口径の弾丸は発射された。先ずは一発。それからすこしの間をおいて、


 ドッ、


 と、その銃弾の後を追う形でもう一発。そうして、


「どうだ?」とつぶやいた今回の撃ち手は、もちろん今まさに床へと堕ちた小張千秋ではなく、その部下の左武文雄であった――「今度は?」


 彼は今回、床に倒れたまま、消火剤のすき間に見えた男の右わき腹と右肩のあたりを狙ったワケだが、


 ヴォスッ。


 と、肩への弾は見事に命中。わき腹へのそれは逸れてしまったが、それでもこれは、それで十分であった。


「くっ」と男は苦悶の声をあげ、そのまま右手を下ろすことに――壁に押し付けていたパウラ・スティーブンスを取り落とすことに――なったからである。


「小張さん!」左武文雄は叫んだ。床から立ち上がり、空になった銃を、それでも男に構えて見せながら、「大丈夫ですか?!」


 小張からの銃声は三発。警官はすべて同じ五発装填だから、いま残っているのは彼女の二発のみ。だが、小張からの返事はない――ハッタリかますか?


「おい!」左武は叫んだ。右肩を押さえつつもその場から立ち去る気配のない男に向かって――浅い? 貫通したか?「動くな! 次は胸を狙うぞ!」


 が、もちろんこれはフェイクである。胸を狙うふりをしつつ、男の顔を確かめる。


「他にも警官は来ている! いまの音ですぐに駆け付けるはずだ!」


 が、もちろんこれもフェイクである。グレーのハンチングのせいで、男の顔ははっきりしない――しばし、沈黙の音が響いた。


 ズサ。


 と男が前に、左武の方に、歩を進める音がし、左武は言い知れぬ恐怖を感じた。が、その瞬間、


「さ……たけさん」と小張の息を吹き返す声が聞こえ、


「小張さん!」と左武は叫んだ。即座に。「銃を! 構え直して!」


 そうしてこれが、合図となった。


 チッ。


 と男はひとり、ちいさく舌打ちすると、左武になにか呟こうとしてそれを止め、床のパオラを見たかと想うとそれも止め、まるで闇でも呼び寄せるかのような笑みをひとつすると、


「あ?」


 と左武がつぶやく間もなくその場から、その時間と空間から、不意に、まるで闇にでも溶け込むかのように、立ち消えてしまったのである。そうして――、


     *


 コホン。


 と細身で背のたかい男はせき払いをすると、後ろにいた若い男に、「なあ、おい」とタバコを一本くわえつつ訊いた。「火、持ってるか?」


 すると問われた若い男――彼は金髪で、彫りが深く、四則演算もままならないような顔をしていたが――は、


「へ?」とまるで教師に当てられた四則演算もままならない中学生のような声で訊き返した。「あ、あー、火? ライター? ですか?」


「いつものライター、どっかに置き忘れて来たようでよ」細身の男は答えた。


「すみません、金平さん。俺、タバコとか吸ったことなくて」と若い男も答えた。「ライターとか、持ったことないんですよ」とまるでそのまま、「ほんとからだに悪いし、金平さんもやめた方がいいですよ」とまで言い出しそうな雰囲気で。


「はあ?」細身の男は言った。肺の中の空気をそのまま吐き出したような声で、もう一度、「はあ、」


 細身の男――天台烏山の部下のひとり、金平瑞人――は一瞬、その一見おっとりしているが、と同時に邪悪な感じも合わせ持つその深く黒い瞳で、この金髪男をにらみ付けてやろうかとも想ったが、その金髪男の顔があまりにも間が抜けていたので、そのまま目線を彼から外すと、


「バカはバカでも、あのバカの方がまだマシだったな」と行方不明中の同僚――猫背で金歯でズングリ下卑たあの男――のことを想い出しつつ、「ってことですみません、奥さん」と今度は、彼らの前に立つ女性、マリサ・コスタにこう訊いた。「よければ火、貸してもらえませんかね?」


 ここは、マリサとペトロのコスタ夫妻、それに彼らの甥のアーサー・ウォーカーが暮らしを立てている――いまはすこし皆がバラバラになり掛けている――彼らのマンション、そのリビングである。


 日は暮れ、部屋はうす暗く、マリサ・コスタは、義理の母にアーサーを預け、このマンションへ戻っていたところであったが、その目的は、例の荷物――大量の紙幣と高価な宝石類、それにひとつの金歯がはいったのあのバッグ――を、ここの屋根裏に隠すためであった。


 そうして幸い――と言ってよいかどうかは分からないが、それでも幸い――その目的は誰に見られることもなく達成され、ふたたび彼女は、義母と甥の待つ義母のアパートへ戻ろうとしていたのだが、そこに突然、彼らが押し入って来て……、いまのやり取りとなっているのであった。


「ごめんなさいね、金平さん」マリサは応えた。声はすこし震え、手はおしりのスマートフォンへと伸ばされていたが、「うち、禁煙なんですよね」と、それでもすこし笑いながら、「ほら、ちいさい子どもも住んでますし」


「は?」と、今度は彼女をにらみ付けそうになる金平であったが――彼は軽度なニコチン中毒者でもあったが――ここで、


 ぷっ。


 とそんな彼の背後で、四則演算もままならない笑いが漏れたので彼は、その目をつむると首を傾け、額に手をやり――「だったら、」


「だったら、仕方ありませんな」とタバコをしまいながら言った。猫背の失踪にもこの女は関わっている。そんな直感もあるにはあったが、それでも、


「天台さんが」そう彼は続けた。先ずは仕事を優先させよう。「天台さんがあなたをお呼びだ」これは、断わるんじゃねえぞ、「私も手荒なまねはしたくないし、それにこれは、貴女にとっても大事な話らしいからな」



(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ