表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/180

その7

 さて。


 笑うべきか笑わざるべきかそれが問題だが、この人類の歴史ってやつをちょこっとふり返って見ると、未来を予知する《予言者》や、なんだかよく分からない超自然的存在からお言葉を預かったりする《預言者》なる人物たちが、その歴史の表舞台ってやつに結構頻繁に出て来ていたりする。困ったことに。


 そう。


 それは例えば、前者の有名どころであれば、ミシェル・ド・ノートルダムというフランスのお医者さんや、エドガー・ケイシーなるアメリカのインチキ実業家などが、そこにその名を挙げられるだろうし、また後者の有名どころであれば、ナザレのイエスや京都の農家の長男坊などもそこに名前を挙げられるのかも知れないが、とにかく彼らは、言葉を残してそれになった。自分で書いたり、弟子に書かせたりしながら。自分で見て来たのか、それともその超自然的なんちゃらに見せられたのかは分からないが、その、見たり聞いたり感じさせられたりした事柄を、この世界の未来というか行き着く先というか絶望みたいな事柄を、彼らは言葉にして残した。


 そう。


 なので、そういう意味では、ここに元漁師で後に『黙示録』なんて書物を書くことになる男の名前も、一緒に並べてあげてもよさそうなのだが、それはそれで物議を醸しそうだし、それにあの漁師、変なキノコでハイになってる時にアレを書いたって噂もあるので、あれをどこまで信用していいか分からな……って、この書き方だと誤解を招くな。


 そう。


 そういう意味では、右で挙げた予言者・預言者たちの言葉や本は、そもそも全然当てにならないものであった。すくなくとも、「未来予知」という意味では。


 と言うのも。


 彼らが実際に見たり聞いたり見せられたりしたかも知れない「未来」というヤツは、ことごとく、実際の「未来」というヤツからは外れていたからである。これまた実際、驚くほどに。


 もちろん。


 ひょっとするとそれは、本当に未来を見て、聞いて、本を書いたり言葉を残したりしたのかも知れないけれど、仮にそうであっても、例えばそれは、どうにも語彙力・筆力が足りていなかったりだとか、または弟子たちの手前かなり話を盛って喋っちまっただとか、更にあるいは、マジックマッシュルームで見た幻覚と予言がトランス状態の中でぐっちゃぐちゃのごっちゃ混ぜ状態になってしまった結果、未来予知的にはまったくぜんぜん役に立たない形で残されただけなのかも知れない――困ったものだ。


 と、言うことで。


 もし仮に、世界に、『予言書のコレクター』なる人物がいるとして、そうして彼らと我々のこの世界がまだまだこれからも続くとしたら、彼らはきっと、我らの知るある行政書士が書いたいくつかのノートについては、その私財を投げ打ってでも手に入れようとするのかも知れない。何故なら、その行政書士・石橋伊礼が、いつかどこかの何者か(複数)から報され託された未来というのは、ことごとく現実化された・される未来であるし、そうして彼は、それらの事々を、行政書士らしい的確な筆致と構成力、それにまったくのしらふ状態で書き続けていたからである。であるのだが――、


     *


 コンコンコン。


 と事務所の扉が鳴り、石橋伊礼はハッと我に返った。窓の外も中もすっかり暗く、見える灯りは自身のデスクのライトだけ。冷え切ったココアは、ライトの下で、茶色い澱の固まりのようなものになっていた。


「は、はーい」


 と伊礼は応えたが、ずうっと黙り込んでいたものだから、その声は、歪な機械音のようなものになっていた。そのため彼は、コホン。とひとつ彼は咳ばらいをしてから、


「はーい」


 と改めてドアのところまで歩いて行った。今日、彼の事務所は定休で、書類を片付けに来ていたところ突然、例の《預言》が頭に降り、それをそのままノートに残していたのだが――、


「6時半?」


 と、窓際の時計を見て彼は驚いた。ノートを取り始めてから3時間以上が過ぎていたからである。ノート中はトランス状態に入ることもしばしばあり、そんな時は、時間をすっ飛ばした感覚に襲われることもままあったのだが、それでも実際、ここまで時間がすっ飛ばされたのは今回が初めてだった。


 コンコン、コンコン。


 ふたたび、扉が鳴った。彼を急かすように、すこし心配するように。


「はーい」


 と彼は繰り返しつつ、ノートの内容を想い出そうとしたが、何故かそれは上手く想い出せなかった。扉に手を伸ばし、扉を開けた。


「なんだ、君か」と彼はつぶやき、


「なんだじゃないよ」開いた扉の相手は応えた。「何度も鳴らしたのに電話にも出ないで」


 伊礼の恋人、川島重雄だった。


     *


『彼は傷つき、自分の犯した罪の重さにとても耐え切れない様子であった。』


 その日のノートの書き出しは、そんな一文だった。書かれた文字は、基本なぐり書きのようなものだったが、それでも伊礼の性格だろう、しかりと読める、きれいな文字構造は残されていた。預言は続いた。書いては消してをくり返した文章がいくつか続き、それから、


『丘の上から街を見下ろす(どこの丘?)。』と、やや大きめの文字で書かれた一文が来てから、『そこには、大小いくつもの壁(光の壁?)が出現していた。』


 とここで数回、トントントントン、トントントン。とペンで叩いた跡がノートにアクセントを加え、


『壁? の向こうに宇宙が見える。』と今度は、やや小ぶりに書かれた文字の一群が現われた。『いくつもの宇宙。無限にちかい太陽。ひと粒の闇すら付け入る隙のない光の集合体。』


 ここの文章は、書き手が見た風景と、それを適切に表現できないことへの不満といら立ちからだろうか、これに続く形で、これを推敲させたものが三つほど置かれていたが、そこで書き手も諦めたのだろう、彼はそれら三つすべてに二重抹消線を引くと、それでも、彼が見た世界の終わりの風景を、出来得る限り精緻かつ的確に書き出そうとしていた。


 そう。


 世界が終わりを告げようとするとき、それでも世界はうつくしく、緑はあふれ、鳥は歌を、花は生命をうたい、風はやさしく、彼らの間をさみしく吹き抜けて行った――「世界を」とその人は言った。


 いつも見慣れたその街を、そこに住む人びとを、いくつもの《壁》が取り込み呑み込み、光の集合体の方へと送り出していくのが見える。伊礼のペンは、その様子を、出来得る限り精緻かつ的確に捉えようとしていた。


「世界を」とその人はくり返していた。「世界を、終わらせるわけにはいかない」


 この人物に伊礼は、これまで会ったことは――なぜか今の彼の記憶には――なかったが、未来で彼は出会うのだろう、この悲壮な結末を選んだ人物に。彼女がこちらを向いた。


「石橋さん」と。そうして、「他に頼めるひとがいないんです」と、愛しい誰かを想い出すかのように、「***さんへよろし――」


 が、しかし、この日のノートはここで終わっていた。


 そう。


 石橋伊礼は、書き直し、あるいは目まぐるしく移り変わる未来のビジョンに戸惑わされたせいもあるのだろうが、これらの内容を精緻かつ的確に書き残そうとし、休みの日の午後三時間をまるまる使っていたのである。それもほぼ無意識、無我の堺で。かたわらのココアが冷え、固まるのにも気付かずに。



(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ