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その6

 文化祭の準備が始まったというのに、祝部ひかりが『ウィリアム書店』に立ち寄る頻度はぐんっと増えていた。


 が、まあ、もちろん。そうは言っても、彼女が年中金欠モードであることに変わりはなく、イコールそれが、本を買ったり借りたりに繋がることもなければ、以前のように、必死で本を物色したり立ち読みしたり、気になっても手が出せない本をジーッと見つめるというようなことが増えたということでもなかった。そう、何故ならそれは皆さま既にお気づきのとおり、


「残念、まだ来てないわよ」と、お店のオーナー・小林乙葉のにやけ面や、


「え、え、ち、ちが、ちがいますよぉ、乙葉さん」と、B級推理小説の犯人並みに動揺するひかりの態度、更には、


「あっ、ひかりちゃん、今日も来てたの?」 と、この子はこの子で、ひかりがいないかと店に来たのが丸わかりな清水朱央くんのうっれしそうな声、それに、


「あ、朱央? あ、あんたこそ今日も来てんじゃないの。なに? 今日はなにを探しに来たの?」とかなんとか言いながら彼のそばに寄って行くときのひかりのうっれしそうな足取りからもお分かりのとおり、


 彼女・祝部ひかりは、この書店に来れば彼に(偶然を装って)会えるんじゃないかなあ?(会いたいなあ……)との淡い期待から(青春ッスね、お嬢さん)、立ち寄る頻度が増しに増しているだけなのであったが(うーむ。甘酸っぱい)――うん。もすこし見てみよう。朱央は応える。


「あ、いや、探しにって言うか、この前借りたのを返しに来ただけで」と背中のバックパックから本を取り出しながら、「とても面白かったです。ありがとうございます。乙葉さん」


 と、それをオーナーに返そうとするが、そこにスルッと割り込むのがひかりちゃんで、彼女は、


「あ、それ、私読んでないかも」と言って彼の真横に立つと首を伸ばして、「どう? どんな感じだった?」


「え? あ、ほんと?」と、その間合いの近さとほのかなリンスの香りで彼をドギマギさせちゃいますが、「た、短編集だけど、す、すごくよかったよ。特に最後から二番目のやつとか……」


「ほんと? わたしこの人の短編集だと『夏に恋する少女たち』は読んだけど」


「あ、そ、それなら僕も読んだ。も、もちろんSFなんだけど、それでもすっごく切なくて」


「このひとの長編、読んでみようとはしたんだけど、なんかちょっと難しいのよね。短編に比べると硬いって言うか、なんだかこわい部分もあって」


「そ、そうそう、ちょっと病的な感じが――」


「やっぱり短編が好きかな、わたしは。『虹の孔雀』とか『濁流の中で』とか、『下宿人』もよかった」


「あ、げ、『下宿人』! ぼ、僕も読んだよ! お、おとこふたりの掛け合いが最高で――」


「そうそう。あのふたりだけで赤ん坊を見るはめになるんだけど」


「それと並行してマンションの異常も探らないといけない」


「マンションのおばあさんに応援されるのよね、「なにかあったら、すぐに私に言うんだよ」」


「「世間の偏見もあるかも知れないけどさ、愛し合うふたりが子どもを迎えたんだ。まわりが助けてあげなきゃいけない」って」


「ゲイでもなんでもないのにね」


「あ、あのおばあさん、さ、最後の最後まで分かってくれなかったよね」


「無理やりふたりにキスさせようとしたりね、あー、もー、ほっんと最高だった」


 と、まあ、こんな感じで。周囲にお客さんはいないものの、目の前には本を受け取ろうとして固まったままの乙葉さんがいるにも関わらず、なんだかふたりだけの会話を楽しむ彼らなのでありました。ひかりは続けます。


「ねえねえ朱央、もっと感想戦しましょうよ。あんた、このあと予定は?」と、更に彼に近付きながら。すると、


「う、う、うん。一時間くらいなら大丈夫」と朱央くんも応えます。更にドギマギドギマギしながら。そうして、


「だったら公園か、向こうのマックで」とひかりが言い、


「だ、だったら、の、のども乾いてるし、マ、マックがいいかも」と朱央も了承し、


「うん。じゃあ決まりね。行きましょ、行きましょー―乙葉さーん、ありがとうございましたー」


 と、まあ、そんな感じで。固まったまま、本も返してもらえないままの乙葉さんを尻目に、店を出て行くふたりなのでありました。


 で、まあ、なんでこのふたりが、このメールもラインも各種SNSもあるご時世に、こーんなアナログなランデブー方法を採用しているのかは分からないけれ――え? その方が会った時の高揚感が増すの? そんなんおばちゃん分からへんがな――けれど、この『ウィリアム書店』で落ち合っては、近所の公園やコンビニやバーガーショップで談笑し合うというのが、いまや彼らの定番コースとなっているようで、


「あっははははははは」


 と、その公園やらコンビニやらバーガーショップなんかで楽しそうに笑うひかりの姿も、例えば塾の先生だとか、例えば近所のおばさんだとか、例えばひかりのクラスの生徒の誰かだとかに目撃されることにもつながるのでありました。



(続く)


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