その6
マリサ・コスタの髪はマルーン寄りのきれいなブルネットで、彼女の夫はもちろん、彼女の甥や、彼女に恋した男たちも、それをとても素敵で美しいものだと想っていた。
「ねえ……」
が、しかし、いま彼女が見ている彼女のすがた――鏡の中から見た彼女のすがた――は、アッシュに近いシルバーブロンドであった。
「ねえったら……」
そうして、鏡の向こうの彼女はいま、彼女の夫のレストランで、彼女に手をかけてきた男の右手をそのまま、文字通り、“消した”ところであった。
「ねえ、マリサ……」
また、それと同時に彼女は、右手を消された男がその事態を呑み込めずにいる間に、今度はその隣にいた、こちらも彼女に手をかけようとしていた男の右足をも“消し”ていた。
「役に立つでしょ? わ・た・し♡」
そうして、それから彼女は、最初の男――やっと痛みに気付いた右手を消された男――が、声にならない叫びを上げるのに合わせるように、彼らの後ろに立つ、下卑た猫背の前にいきなり移動すると、
「お、おま、おま、おま、おまえ、い、い、いま、いま、な、なにを……」
と言う男の口――ハダカデバネズミにもよく似た男の口――に、これまた下卑た金歯をひとつ見付けると、
「きっもちわるい」
とだけつぶやいて、男の右の側頭部にしろくきれいな右手を当てた。
「い、いや、いやいや、いや、や、や、やめ、やめ、や――」
猫背の男の望みも聞かず、まるでそのまま男を、スワイプさせて消すように。
ふぉん――となにかのひかる音がして、
ごとっ――と男のたおれる音が続いた。
「ほっらぁ」彼女がわらった。鏡の中の彼女に向かって、「役に立つでしょ? わ・た・し♡ だっからー」
『だから……?』彼女は訊き返し、
「だから今度は」彼女は答えた。「あんたがずっとそこにいて」
*
ハッ。
とここでマリサ・コスタは目を覚ました。
外からのひかりで部屋は明るく、彼女は一瞬、自分がどこにいるのか――ひょっとしてまだ、鏡の中なのか?――分からなかったが、しかし。
「起きた?」と訊く甥っ子の声に、ここがどこだかを理解した。ここは、彼女の友人のアパートだ。
「だいじょうぶ? おばさん?」続けて甥っ子が訊いた。彼女のベッドのすぐそばで。心配そうに彼女を見つめて。彼女は訊いた。
「アーサー、あなた学校は?」彼の頭をなでながら。
「ミセス・リンディが連絡してくれたよ」甥っ子は答えた。「だっておばさん、ずうっと寝てたんだから」と。
昨夜、例の男たちが突然消えたあと彼女は、アーサーを引き取りにこのアパートを訪れ、ことの顛末を友人に話していたところ――きっと極度の疲労と緊張、それに“もうひとりの自分”と遭遇したせいであろう――急にその場にたおれ込み、そのままここで、ひと晩泊まることになったのである。
「あら、やっと起きたのね」と彼女の友人、ミセス・アメリア・リンディは言った。寝室から出て来たマリサに向かって、「よっぽど疲れてたのね、もうお昼よ」
それから彼女は、使っていたノートパソコンを閉じると、
「どうする? 私もそろそろお昼つくろうと想ってたとこなんだけど」とマリサに訊いた。「と言っても、パスタ茹でるだけだけどさ」
「いいの?」マリサは訊き返した。
「もちろん」友人は答えた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「了解」それから彼女は、マリサの後ろに立つアーサーに、「ちょっとアーサー、手伝ってくれる?」
するとアーサー・ウォーカーは、
「えー」と一瞬ことわろうしたのだが、
「ソースも作らせてあげるわよ」との彼女の言葉に、
「ほんと?」と言って喜ぶと、「だったらトマト缶ある?」と、伯父から教えて貰ったレシピをここで試すことにした。
「はいはい、だったら鍋にお水はって」
「うん!」
それから彼は台所へ向かうと、いそいで料理の支度にかかった。彼の伯父の動きを想い出しながら。そうして、そんな彼の様子にほほ笑みながらもミセス・アメリア・リンディは、
「昨夜の話だけどさ」と、件の男たちの奇妙な失踪? 消失? について、「あれを半分でも信じるとして」との条件付きでマリサに訊いた。「それって余計に、話が面倒になってない?」
「そうね」マリサは応えた。「他にも手下はたくさんいるだろうし」彼らの失踪? 消失? が現実だとして、それをマリサのせいだと考えられたら、「それってかなり、厄介なことよね」
(続く)




