麗しき髪の女神(2/2)
承前。
「アキピテルの女神?」ナオが訊いた。「誰それ?」
ミスターの説明によると彼女、アキピテルの女神は、あらゆる世界のあらゆる薬に精通しており、それらの薬を生成しては、あらゆる病気を治すのはもちろんのこと、どんなに憎しみ合った同士でも恋仲に出来る惚れ薬や、不老不死とは言わないまでも、寿命をおよそ二十倍、肌年齢もマイナス五百才に出来るアンチエイジング薬、更には人を動物に、動物を人に、そこから更に売れっ子Vチューバーにしてしまうような変身薬をも調合出来る、全宇宙的にも大層有名な伝説の女神とのことであった。
「しかも、もっとすごいのはね」とミスター。双眼鏡を下ろし、ふたたびウェストポーチを探りつつ、「彼女は、『あらゆる宇宙』にまったく同じ姿で現れるという伝説があることなんだ」
もちろん、実際にマルチバース・ジャンプを行う人種も出来る人種も限られているし、そんな限られた彼らが、いくつかの宇宙で女神に出会うチャンスは、それこそ天文学的確率よりも更に低いわけで、だからこそ伝説、おとぎ話の域を出ない夢物語ではあるのだが――、
「でも、僕の大叔父さんが会ったという彼女そのものだよ」と続けるミスター。ポーチからオーダーメイドのタキシードを取り出し、それに着替えようとする。「話なら何度も聞いたことがあるし、彼が作った彼女のホログラム映像にそっくりなんだ。ああ、なんとも麗しい」
「はあ」とここでナオ。彼女は彼女でミスターが出したオペラグラスで女神を覗いていたわけだが、「たしかにきれいな人だけどさ、実際にそんなことってあるの? 『あらゆる宇宙』にまったく同じ姿って」
まあ、もちろん、それも諸説あるのだが、その伝説・おとぎ話が広く銀河に伝わっているのは事実だし、もの凄く限られた数ではあるけれど、彼女と出会った人々は、何故か一様にこの伝説を支持していたりもする。
「なので、少なくとも、その根拠となった理由がなにかあるんだろうね」とミスター。今度は鏡を見ながらヒゲを剃り、軽いメンズメイクなんかも始めているが――、
「って、なにしてんの? ミスター」とナオも訊くとおり、「ひょっとしてあの女に会いに行くつもり?」
「ひょっとしてもなにも」ブラシとドライヤーで髪をキッメキメにするミスター。ウッキウキに浮足立って、「『あらゆる宇宙』と繋がってるかも知れない御方だよ?」
とどうやら、目下彼らが直面している問題――お目当ての宇宙へ行けない問題――を解決するヒントを彼女が持っているかも知れないので、それを尋ねに行こうということらしいのだが――、
「でも、そんなにおめかしする必要あるの?」
「そりゃあね」とミスター。「銀河に名立たる女神さまだ。失礼があっちゃ――どう? この蝶ネクタイ。クールかな?」
「え? まあ、おかしくはないけど」とナオ。「だったら私にもドレスかなにか出してよ」
「……へ?」
「わたしいま、こんなサトシくんみたいなカッコだしさ、さすがにこれだと失礼でしょ?」
彼女は現在、前述のポケモ――じゃなかった。キメラ的合成生物を戦わせる夏休み子ども大会に出場した時の格好そのままだったのである。であるが、
「あ、あー」とミスター。「……君も行くの?」
「へ?」とナオ。「そりゃまあ、話は聞いておきたいからね」
「あー、でも、いや、そのー」とミスター。先ほど見た女神の豊満ボディがちらつくのか、「君にはまだはや……」となにやら変な期待でもしているらしく、「いや、すこし危険なミッションになりそうだから」とこの“危険な”に少々ニヤケつつ、「君はここで待っていてくれよ」とそのまま、
「へ?」とおどろくナオを置き去りにして、
「じゃーねー、遅くなっても気にせず寝ててねー」
と単身、女神アキピテルの屋敷へと乗り込んで行くのであった。月の上でも歩くようなホップ&ステップ&ジャンプで。そうして――、
*
「まったく、あのすっとこどっこい」と時間は冒頭へともどる。「きっとあの女の色香にたぶらかされたのね」
とナオも言うとおり、みごと女神の色香にたぶらかされたであろうミスターは、5時間経っても帰って来ず、代わりに、屋敷のまわりにはヒョウやコグマや巨大ハクトウワシなんかが現われ出し、また、
「ぶぶぅ、ぶうぶうぶぅー」と先ほどの仔豚もどこからともなく現れては、ナオに近付きすり寄って来たのであった。
「うーん?」と例のオペラグラスでベランダの女神や周囲の獣を観察するナオ。とここで、
『深く渦巻くオケアノス。
ふたつ月夜に映る裸身。』
と女神がなにやら歌い出した。屋敷全体を音響装置にして。周辺一帯に響きわたる美しい声で。
『ピュリプレゲイトン。
ステュクスコキュトス。
ふたりを別つ千引の大岩。』
それから彼女は、歌を続けながら、ベランダから木の実や生肉、その他チーズのような食べ物を下に集った獣たちに投げ与えた。
と言うのも、これら食物には女神特製の秘薬が含まれており、これらを食べることで獣たちは彼女の言いなりになると同時に、その獣のかたちを保ち続けることにもなるからであった。
そう。ここの獣たちは、女神アキピテルの魔法と秘薬とにより、各々ふさわしい姿へと変身させられた、この土地の人間たちなのであった。
(続く)




