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転生者たち~時空の終わりとソウルフルネス・ワンダーランド~  作者: 樫山泰士
第十話「だからお願いだ、ペギー。どうか僕ら想い出だけは、どうか怒りに変えないで欲しい。」
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その17


 そう。


 そうして、季節は動き始めた。


 動き始めて、動き始めて、動き始めて、佐倉八千代はまどろみから目を覚ますことになった。


 左の手に、誰かの温もりを感じた。もちろんそれは、あのひとの温もりではなかったけれど。


 それでももちろん、それは彼女のことを想ってくれる誰かの温もりでもあった。


 部屋はさむいほどだった。


 だからあんな夢を見たのかも知れない。


 きっとお母さんがエアコンの設定を間違えたのね。


 今年もきっと、梅雨らしい梅雨もないまま、夏が訪れる。


「エマちゃん」ささやくように彼女は言った。


 友人は眠っていた。彼女のかたわらで。毛布もかけずに。


「起きて、風邪ひいちゃうわよ」八千代は続けた。ベッドの上に起き上がりながら、「ごめんね」


 なぜだか勝手に、涙がながれた。


「ごめんね、心配かけて」もちろんそれには気付かないまま。


「ヤッチ?」木花エマも目を覚ました。


 彼女も、八千代と同じ夢を見ていた。


 そのため、「大丈夫?」なんて言葉を彼女にかけることは出来なかった。


 彼女の目からあふれる涙に気付いていたが、それを拭いてやることも出来なかった。


 ただただ、「ねえ」と自身の顔を指差し、彼女にそれを伝えるのが精いっぱいであった。


 そう。


 それから彼らは、あまりの寒さにエアコンの設定を直すと、互いに夢で見た内容を確認し合った。

すれ違いは、ほとんどなかった。


 詳しい原理は不明だが、これも八千代の共感覚的知覚のなせる業なのであろうし、あるいは手をつなぎあっていたことが、あるいは森永久美子の遺した意思が、この奇妙な現象を引き起こしたのかも知れなかった。


 と言うかそもそも、そんな難しいことがこの作者に分かるはずもなかった――『愛の力』でいいんじゃない? 知らないけど、と。


「止めなきゃね」エマが言った。


「止めなきゃね」八千代は応えた。「“あいつ”はこれからも、誰かを殺して、彼らを盗み続けるんだから」と。


 そうして――?


     *


 そう。そうして彼女はつぶやいた。


「うん」とちいさく。「大体、こんなもんよね」と。目の前のノートを見返しながら。


 ノートには、彼女特有の右肩上がりの、けして上手とは言えない文字で、人々の名前が、場合によってはそのおおよその所在地とともに書き込まれていた。


「結局書いても、これがなんだか分からなかったけど」それはこれから確かめていけばいいし、机の隅のココアには、分厚い膜が出来ていた。


「うん」と彼女・樫山ヤスコはくり返した。窓の外の暗闇――いや、町はそろそろ動き出そうとしていた――未明の空間に目をやり腕と背筋を伸ばした。


 ぽきっ。


 という肩と背中の鳴る音を聞いてから彼女は、ノートの、問題の『リスト』の、一番上の人物……の連絡先は不明だから……ひい、ふう、みい、よぉ……六番目にある人物に連絡……を取るにはまだまだ時間が早すぎるので、取り上げかけていたスマートフォンは机に戻し、ノートにペンをはさんで閉じた。最初の連絡は明日、というか、今日起きてからにしよう。


「うん」そうつぶやくと彼女は、そのまま、机の横のベッドにぽすっと痩せぎすの身体を放り出した。「ちょっとだけ……、おやすみなさい」と。


『おやすみなさい。ヤスコ先生』どこからか、年老いた女性の声が聞こえた。



(続く)


 『こころの窓を覗いてごらん。

  そこにはもっと別の物語が、

  あったかも知れないだろう?』


 『そんな世界見たことないよ、

  あなたはそう言うだろうか。

  だけどあなたが見たすべて、

  それらもいつか消えていく。』


 『そう。だから目覚めるんだ。

  まどろみに救世主はいない。

  さあ。あの扉の向こう側へ。

  夏はいまこそが花のさかり。

  暖炉のそばにいて?

  そんな顔はやめて?

  そんな言葉では動けないよ。』


 『彼女は待っていてくれる。

  ふたりが並んで歩くには、

  あまりに時が過ぎたけど、

  あまりに遠く過ぎたけど、

  だからお願いだ、ペギー。

  どうか僕ら想い出だけは、

  どうか怒りに変えないで欲しい。』


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