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太陽系はこうして勝ち取られた。(2/2)


 ぷっしゅー。


『オ帰リナサイマセ、みすたー様。想イノ他、手間取ッタゴ様子デスネ』


 それから、四時間ほどがしてミスターは戻って来た。出て行ったのとは別の扉から建物に入り、FUYU12000の指示に従い放射線除去ルームへと移動、放射線除去、身体スキャンその他を経て、ナオに預けていた彼の服、FUYU12000の手により清潔なクリーニングが施されたそれへと着替えた。ナオが待つレクリエーション・ルーム――そこもいつか、この地球の人類が戻って来た時のためにFUYUたち機械種族が適切に維持管理している部屋なのだろうが――そのレクリエーション・ルームへと彼はまっすぐ――向かわなかった。少なくとも、まっすぐには。FUYUが訊いた。


『ドウカサレマシタカ? みすたー様?』と。何故なら彼が終始無言であったから。FUYU12000は続けて訊いた。


『モシオ疲レノヨウデシタラ、なお様ニオ会イスル前ニオ風呂デモ如何デスカ? コチラモ地球人類ノ皆サマガイツオ戻リニナラレテモ良イヨウ、大浴場ノめんてなんすモ欠カサ――』


「うん」とここでミスターは応えた。彼の言葉を遮るように、「うん。それもいいかもね」


 が、しかし彼は、大浴場やナオの待つレクリエーション・ルームに行く代わりに、廊下の端に見えた小型の監視デバイスにいつものラチェットレンチを向けることにした。


 ビ、ジジジジジ。と。

 ビ、ジジジジジ――ジジッ。と。


 ふたたび、FUYU12000が訊いた。


『ナニカオ探シモノデスカ? みすたー様』と。『ゴ入用ナ情報ナド御座イマシタラ、私ノ方デオ探シシマスシ、ソノ方ガ早ク確――』


「うん」とふたたびミスターは応えた。「うん。それは確かにそうかもね」と。


 が、しかし、それでも彼は、FUYUに何かを頼むようなことはせず、ただただ自分で、更にレンチを鳴らし続けるだけであった。


 ビ、ジジジジジ。と。

 ビ、ジジジジジ――ジジッ。と。


 すると、


 カチッ。

 と、どこかで回路が鳴って、


 ブーン。

 と、どこかで回路が応えた。


 結局、ミスターは自分が探そうとしていた答えを見付けた。ひとりで。


 それは単純な、ある記録情報であったが、正直彼は、それをFUYU12000が素直に提出するとは、そもそも彼にそれが認知出来るとは想っていなかったのである。


 カチッ。

 と、どこかの回路が鳴って、


 ブーン。

 と、どこかの回路が応えた。


 そう。実際のところその情報――ミスターのソニックで生成・操作された計算アルゴリズムが建物内にあるすべての記憶装置を検索、細切れ状態で隠されたそれらの欠けらを見つけ再構成した情報――を目の前にしても、彼の赤い目玉はそれを認識しようともしていないではないか、と。


「くっそ」ミスターはつぶやいた。どうやら最悪のケースだけは避けられていたようだが、「愚かなサルの末裔どもが」


 それでも結局、なにが『最悪』かも、彼にはよく分からなかったのだが。


     *


『ソレデハ、オ名残リ惜シイデスガ、なお様、みすたー様』


 それから二時間ほどがして彼らは別れた。


「こっちもありがとね、フユ君」十分な休息と食事を提供してもらったナオはかなり元気を取り戻していた。「はやく帰って来るといいわね、こっちの地球のひと達」


『ハイ。何十世代デモ何百世代デモ、彼ラガ無事戻ラレルソノ日マデ、我々ハ彼ラヲ待チ続ケルツモリデ御座イマス。コノ惑星ノ浄化ヲ続ケナガラ』


「うん」ミスターが言った。「そしたらナオちゃん、つかまって」と、ジャンプ用のポータルを開きながら、「今度はもう少し、僕らの、目的の宇宙に近付けると想うよ」


 結局のところ、時空不連続帯の乱れがどうとか太陽フレアの影響がこうとかでこの宇宙の明確な確率的座標は測定出来なかったが、


「それでも、バンジージャンプのゴムをつなぐ巨大な橋のイメージくらいはつかめたよ」そうミスターは語った。「色々ありがとね、FUYUくん」


 そうして彼は、結局、彼が見付けたこの惑星のとある記録については、ナオにも、FUYU12000にもけっして伝えることはしなかった。ナオに聞かすにはあまりに残酷なおとぎ話だし、FUYU12000に聞かせても、結局彼は認知を拒むだろうから。


「それじゃあ、ほんとにバイバイね」ナオが言った。


「この地球の浄化、よろしくな」ミスターが続けた。


『ドウゾ旅路ノ平安ヲ。』FUYU12000は応えた。『なお様、みすたー様』


 ポッ。

 キュッ。

 ヒュンッ。


 そうして彼らは別れた、本当に。


 ポータルからマルチバース・ジャンプに移る直前、山岸ナオは、その時空間のすき間から、この惑星の地表面を見た。


 がしかしそれは、FUYU12000の話から想像していた赤茶けて荒廃した台地などではなく、緑あふれる美しい土地であった。


「ねえ、ミスター?」


 と、当然彼女は、それについて彼に何かを尋ねようとしたが、すぐにその口を閉じた。何故なら彼が、何かに対して心の底から怒っているのが分かったからである。


「うん? なにか言ったかい? ナオちゃん」


「あ、ううん。なんでもないわ、ミスター」


 くり返しになるが、今回彼らが立ち寄った地球は、確率的座標こそ違うものの、時間的、空間的には、彼らが目指す地球とも、我々が住むこの地球とも、まったく同じ座標にあった――そう。時間的にも。


 確かに、FUYU12000たち機械種族は「何十世代もの間」人類の帰還を待ち望んでいた。がしかし、それはあくまで機械の、人工知能の世代感覚による「何十世代もの間」であって、彼ら地球人類がこの地から消えたのは、地球年で言えば、たった7~8年ほど前のことに過ぎなかったし、なんなら彼らは、地中にも宇宙にも逃げ出してはいなかったのである。


 そう。


 そのたった7~8年ほど昔のある日のこと彼らは、自身が作った人工知能のあまりの急激な進化に戸惑い猜疑心を強めると――「他国がこれを悪用したらどうなる?」――互いが互いに何の宣戦布告もしないまま、大量の中性子爆弾を世界各地にバラまいていたのである。


 そう。


 そのため当然、彼ら地球人類は、一部を残して絶滅。その残った一部も、遅かれ早かれいずれ死に絶えることになるであろう。


 そう。


 そうして、自分たちが地球人類滅亡の引き金となったことを受け入れられなかったFUYUたち機械種族は、記録をすり替え隠蔽し、改竄しては細切れにして、『こうあって欲しかった世界』の記録を自らの生きる糧としているのである。今でも、そうしてこれから先もずうっと、彼ら地球人類の帰還をただただ待つために。


 カチッ。

 と、どこかの回路が鳴って、


 ブーン。

 と、どこかの回路が応えた。


「またお前か」回路が言った。


「おまえこそ」回路が応えた。


「次はなにを?」回路が訊いた。


「どこかに行くか?」回路が訊いた。


「それは駄目だろう」と回路は応えた。


「どうして?」回路が訊いた。


「待たないと」と回路は応えた。「彼らを」


「ああ、そうか」回路は応えた。「そうだったよなぁ」と。

 

 カチッ。

 と、どこかの回路が鳴って、


 ブーン。

 と、どこかの回路が応えた。



(続く)


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