36.そういう世界もあるんだ
「それは出版社も商売だから。
売れそうな記事を載せるよ。
人気の選手の特集とか」
「強いだけじゃ駄目なの?」
「強くて美人とかイケメンとかが最強。
マジで世界一とかになるとイケメンはあんまり関係なくなるけど」
リンはそういった方面に詳しいようで、色々と説明してくれた。
スポーツ、と呼ばれる競技は基本的には戦争の非殺傷版で、ルールに従って勝敗が決まる。
例えばボールを何回ゴールに打ち込んだとか。
一番速く走るとか。
個人で競うものもあればチームと呼ばれる集団で戦うスポーツもある。
「それ、優劣って決まるの?」
「ルールで勝敗が決まる。
チームワークで勝つ場合もあるというか、選手一人一人よりはどれだけ協力して戦えるかで勝負が決まることが多いよ」
なるほど。
レイナには目新しい概念だった。
ミルガンテの聖女教育ではそういった争いについては教えられなかった。
というのは大聖殿に限らず聖力がものを言う世界なので、聖力がない者が何十人集まってもたった一人の聖力持ちに圧倒されるからだ。
聖力持ち同士もあまり協力したりしはしない。
現実を歪めるという力は共同作業には向かない。
それぞれのイメージが違うから。
「スポーツはいいや。
話を戻すとレイナは芸能界には進まないわけね」
サリがお茶を啜りながら言った。
本日の給食のメニューはカツカレーだったので、大好物のサリはあっという間に片付けたらしい。
「進む?」
「就職しないのかってこと。
芸能界といっても色々だけど」
「よく判らないけど、シンが当分の間は働くことは考えなくてもいいからって」
正直に答えたらなぜか全員が「あちゃー!」といった反応だった。
「そうでした。
レイナはお嬢様だった」
「いいなあ」
「生活の心配なしに好きな事が出来るって羨ましい」
「好きな事」
私は何か好きなのだろうか、と自問する聖女。
というか、この場合の「好き」はやりたいとかそういう事だよね?
「特に好きな事はない。
やりたいこともないし」
「ま、お金持ちってそういうものなのかもね」
ナオがサバサバと言った。
「私のお客様たちは人生の成功者と言っていいと思うんだけど、みんな好きとかやりたいとかじゃなくて仕事しているみたいだから」
「ナオのお客様って社長とかよね?」
リンが食いつく。
「そうね。
CEOとか病院の院長とかファンドのマネジャーとか」
「そういう世界もあるんだ」
サリは少しビビッている。
「ま、あたしには関係ないけど」
「その方がいいよ。
気を遣うし疲れるし昼夜逆転するから」
「どこの世界にも苦労はあるのよね」
話題が逸れてくれてほっとしながらそれはそうだ、とレイナは思う。
ミルガンテより遙かに進歩したこの世界でも人間社会は本質的に同じだ。
疲れるし面倒くさい。
それでもこうやって仲の良い友達とダベるなんて、ミルガンテにいたら永久に無理だっただろう。
シンに感謝ね。
給食を終えて教室に戻りながら一人頷くレイナだった。
夜間中学の授業では、ようやく小学校レベルを修了したと言われた。
数ヶ月かかったがむしろ驚異的だそうだ。
最初の頃は問題文の漢字すら読めなかったから。
丹下先生が渡してくれた新品の教科書は何冊もあって、それだけでレイナはうんざりした。
「これ、全部やるんですか」
「中学1年生の分ね。
あと2年分あるから」
勘弁して(泣)。
それでもやるしかない。
別に高校大学に進学したいとも思わないけど、シンからはどんなに時間がかかっても大学までは出るようにと言われている。
世間的な常識として、行けるのにいかなかったら何か理由があるのかと疑われるそうだ。
レイナの場合、他にやることがないから尚更だ。
「嫌なら仕事して貰うけど」
「そっちの方がいいかも」
「でも中卒で出来る仕事ってアイドルくらいしかないから」
それは嫌だ。




