30.歳の事は言わない約束だろう
挨拶に来たときに簡単な問題を解かされたけど、あれで大体の実力を測られたらしい。
全然出来なかったけど(泣)。
うんうん唸りながら空白を埋めているとアニメで聞いたチャイムが鳴った。
もう40分過ぎたらしい。
生徒達が一斉に立ち上がり、ガヤガヤ言いながら教室を出ていく。
「明智さん、初めてでしょ。
一緒に行こうよ」
真っ先に声を掛けてくれたのは斜め前に坐っていた女性だった。
見たところ二十歳は超えていそうだ。
服装はボーイッシュでスカートではなくジーンズだった。
「あ、はい」
素早くテスト用紙を片付けて立ち上がる。
「あ、貴重品は持っていってね」
「はい」
財布とスマホがポーチに入っているのを確かめて女性に続く。
ドアの前で数人の同級生が待っていてくれた。
レイナを中心にして廊下を歩き出すとみんなが順番に挨拶してくれる。
「田島佐里です。
サリと呼んで下さい」
やはり二十歳くらいに見える浅黒い肌の女性はどうも日本国外産らしい。
佐里はレイナと同じく当て字で、戸籍上の名前はサリエラ・田島ということだった。
「よろしくお願いします」
「本状奈央
ナオね。
歳は聞かないで」
歳が良く判らない女性が言った。
何というか「大人」の雰囲気が満載だった。
アニメにはあまり出てこないタイプだ。
「どうも」
「そして私は隣塚燐。
こうみえてみんなの中では一番若いの」
「歳の事は言わない約束だろう」
「だって言っておかないと」
レイナを囲んで歩きながら議論というか雑談が始まる。
アニメにこんなシーン、ないよね?
いや、何でもかんでもアニメで理解しようとするのは間違っているとは思うんだけど。
食堂は広かった。
同級生たちは隅の方に固まっている。
夜間中学のために特別に夕食を作ってくれるそうだ。
ずいぶんな手間だとは思うが、夜間中学は国の方針で設置されていて運営方法が決まっているので学校側も頑張っているのだろう。
教えて貰った通り、お盆を取って列に並ぶ。
今日のメニューはビーフシチューだった。
それにご飯と果物がつく。
全員が自分のお盆を前に座ってから丹下先生が言った。
「それでは。
頂きます」
「「「「「頂きます」」」」」
アニメにこんなシーンが……いや、あれは小学校じゃなかったか。
というか、そもそも給食って中学校以上にはないのでは。
聞いてみたら口々に教えてくれた。
「普通の中学はお弁当や惣菜が多いんだけれどね。
夜間中学は同級生の親睦を深めるためとかいう理由で給食になっているらしいよ」
「お弁当持ってきてもいいんだけど、その場合でも一緒に食べないといけない」
「こういう集団行動は普通は小学校で慣れるんだけど、ここに来ている人って日本の小学校を出ている人はあまりいないからね」
そういうことか。
聞いてみたらみんなそれぞれ理由があった。
田島佐里いやサリエラは父親が日本人なので日本国籍を持ってはいるが、フィリピンで育ったために日本語の読み書きが苦手というよりはほぼ出来なかったそうだ。
会話はネイティヴ並だが日本で進学するとしたら今のままでは無理。
だが日本語学校に通うには会話が出来すぎるので、夜間中学で基礎力を上げている最中だという。
「もう17歳だから恥ずかしいんだけどね。
18歳までに高認受けて」
高認とは何かと聞くと、試験を受けて合格したら高校卒業資格つまり大学の受験資格が貰える制度だということだった。
合格したら日本の大学を受験して進学する予定らしい。
「高校には行かないの?」
「そのレベルの知識はあるから。
日本語の読み書きを磨きたいだけで」
なるほど。
すると本状奈央が言った。
「私は小学校中退だから」
「……それって出来るの?」
「出来るよ。
不登校になってそのまま」
引きこもりをしていたが、16歳で働き始めたという。
「働けるの?」
「水商売って知ってる?」
ああ、なるほど。
学歴に関係なく出来る仕事だ。




