28.まあ、気長にね
実際にはシンには言ってないけどちょくちょく使っている。
何よりもまず、レイナは自分の聖力がこっちの世界でどうなっているのかを知らなければならなかった。
何せ一度は肉体を失って魂だけで異世界に転移してきたのだ。
そして肉体を作るという奇跡レベルの聖力行使を行ってしまった。
聖力は使えば減る。
同時に時間と共に回復するものでもある。
だから神官は定期的に聖鏡に聖力を注ぐ。
やり過ぎると死ぬのである意味命がけだ。
聖女候補であるレイナにも一応、その義務はあったが聖力が枯渇するほどには行使したことはない。
だからレイナは自分の限界を知らないわけで、段階的に試している。
ナンバーズを遠隔操作した時はほとんど聖力を使わなかった気がする。
自力で転移したら不安になるほどごっそり減った。
何となく判るのだ。
だがしばらくすると回復したので、こっちの世界でも聖力は自然復旧することが判った。
一度に使いすぎなければいいのだ。
シンがいない時に公園などに行って色々と試してみたが、身体能力のかさ上げは割合簡単だった。
そういえばあの日、ミルガンテの大聖殿で大聖鏡に飛び込もうとしているシンを見て思わず飛び出してしまったが、あのときは転移ではなくて動きを加速したと思う。
実際には高速で動いたと言うよりは、そんな風に現実を改変したと思った方が良さそうだ。
というのは試しに足に聖力を纏わせて手頃な岩を蹴りつけてみたら粉々に砕け散ったからだ。
その際、足に痛みなどはなかった。
握りこぶし大の石を握りつぶすことも出来る。
それも手の平の力を強化したのではなく「石を握りつぶした」という事実を実現したと思った方がいい。
聖力の消費にも何らかの法則性があるようで、色々実験してみたところ、レイナの身体に触れている物を操作する場合は消費が少なくて済むことが判った。
逆にレイナ自身と関係の無いものを改変しようとするとかなり負荷がかかる。
特に物質的な変化は負担が大きい。
ナンバーズのようにデジタル関係の改変は驚くほど容易かつ省力的だった。
シンに打ち明けてみたがあまり興味を示してくれなかった。
シン自身も自分の聖力でちょっとしたことが出来るが、本当にちょっとした事しかできないそうだ。
「だから僕はこれから聖力は封印するよ。
そんなものがなくてもちゃんと生活していけるから」
「お金を稼ぐの?」
「まあね」
詳しいことは教えてくれなかったけれど、ナンバーズなどに頼らなくても十分お金を得る方法を知っているらしい。
レイナの方は自力で稼げるようになるのはいつの日か。
「まあ、気長にね」
有り難いような腹立たしいような。
それからレイナは更に積極的に外出および聖力のテストをするようになった。
右も左も判らないこの異世界ではレイナはあまりにも無知で無力だ。
他の全員が、シンを含めてレイナより圧倒的に立場が上。
唯一レイナが明確に勝っているのは聖力持ちであるということ。
正確に言えば聖力をある程度自由に使えるのだが、こっちの世界の人が使えないかどうかは判らない。
実際、シンは転移してきて過去の自分に憑依することで聖力を使えている。
そういう人が他にいないとは限らない。
自分の持つ有利さを使いこなせるようになっておかなければらない。
というわけで相変わらず夜中に外出してはせっせと聖力の可能性を検証しているのだが。
最近は面倒くさくなって、近くに人の気配がしても無視するようになった。
というのはテレビでオカルト関係の番組を観たから。
明らかにレイナじゃない怪異と呼ばれる現象が結構頻繁に起きているようだ。
特に廃墟とか廃棄された施設なんかにはよく出るらしい。
それどころか普通に道を歩いていても「何か」に出会ったとかいう話が溢れている。
ドラマや映画にもそれをテーマにしたものが多い。
これからレイナが多少羽目を外しても問題ないんじゃなかろうか。
もちろん真っ昼間に堂々とやるわけにはいかないので、夜中に人気の無い場所などで色々とやってみている。
その結果、判ってきたことがある。
物理的な操作には多大な聖力と手間がかかるが、表面的な現象を起こすのは割合に簡単だ。
例えばレイナの身体を動かすのに比べて、レイナがそこにいないように見せる事は容易だった。
感覚的に「私はそこにいない」と思えば周りからは認識出来なくなる。
ただし、完全に見えなくなるわけではなくて異様な感覚が周りに広がるようで、むしろ目立ってしまうかもしれない。
それでも視覚的な誤魔化しは可能なので、人目に付きそうになったら聖力を行使することが当たり前になってしまった。
いいのかなあ、と思案するレイナだった。




