24.とりあえずやってみて欲しいんだけど
「ところでレイナ。
聖女教育って善悪とか教わるの?」
「善悪って」
「例えば卑怯な事はやっちゃ駄目だとか」
「それはもちろん。
というより聖女って出来ることが限られているから。
じゃなくて、出来るけど禁止されていることばかりで」
意外なことに聖力自体の使用は禁止されていなかった。
これは当然で、レイナたち聖力持ちにとって聖力は感覚的には腕とか足とか目とかに近い。
使おうと思わなくても動いてしまう。
そんなことは禁止には出来ない。
だから逆に、レイナも聖力の使用自体は黙認されていた。
聖力を使ってやることが制限というか禁止されていたのだ。
「じゃあ聖力でものを動かしたりするのは」
「問題ないと思う。
それは別に制限がかかっているわけじゃないし。
ただし自分や人の命がかかっているときは躊躇うなと教えられた」
これは諸刃の刃だが、万が一聖女を狙った攻撃があった場合、反撃を躊躇っていたら甚大な被害が出るからだそうだ。
聖女を害するほどの攻撃なら本人だけではなくて大規模に周囲を巻き込むことが予想される。
そのくらいなら抑止力としての聖女を解放しておいた方がいい。
「よし。
だったら早速だけど実験してみよう」
その夜、シンとレイナは並んでテレビの前に坐っていた。
テレビには何だかよく判らない暗い場所が映っている。
ところどころが明るい。
「これは?」
「ナンバーズと言って……うーん、ミルガンテにはない概念だけど、富くじと言えば想像はつく?」
「わからない」
「うん、まあいいや。
とりあえずやってみて欲しいんだけど」
シンが言うにはこれから明るくなった場所でいくつかの数字が決まるので、それを手元にあるカードに書いてある数字に合わせて欲しいということだった。
「物理的にその場にいなくても物は動かせるんだよね?」
「見えていれば。
何かで遮られていたらちょっと難しいけど」
シンは唖然とした表情になった。
「見えてなくても動かせるの?」
「聖力は現実を歪める力だから。
見るって、つまり自分の目で対象を捉えていることでしょう?
聖力でその代わりが出来る。
というかやってみたら出来たから」
聖女教育では聖力の使い方を徹底的に教わった。
万能の力だが何が出来るのかを知らなければ何も出来ないのと同じ事だ。
同時に出来ることと出来ないことを理解しておかないと、無理に聖力を使った場合何が起こるか判らない。
「でも見えない物をどうやって」
「だから聖力に目の代わりをさせる。
壁の向こう側でも見えるよ。
でも難しい」
なぜかというと、例えば壁に遮られた空間に例えば箱が置いてあった場合、レイナは聖力でそれを『観』て動かすことは出来る。
だがその箱の存在自体は把握出来ても、周囲の状況がどうなっているのか判らないから、箱が動いた結果何が起こっても対応出来ない。
「箱が地面に固定されていたとすると、大穴が空いてしまうかも。
それどころか箱の上に人が立っていたりしたら……」
「うん判った。
つまりはっきり『観えて』いるものしか操作できないってことだね。
しかも聖力で観る場合、対象しか見えない。
僕も見習い神官として聖力については習ったけど、そんなのは初耳だ」
「普通の神官は知らないと思う。
そもそもシンだって壁の向こう側は見えないでしょう」
「そうだね」
シンは数回頭を振って気を取り直すと、レイナにやって欲しいことを説明した。
明るくなっている場所は舞台といって、そこで数字を決めるのだそうだ。
リアルタイムでその様子が映るので数字を操作して欲しいと。
「デジタル表示だから物理的に動かすわけじゃないんだけど」
「問題ないと思う。
『数字を合わせれば』いいんでしょう」
「……まあ、とにかくやってみようか。
駄目でも問題ないから」
そしてレイナは実行した。
画面に映し出された数字は見事にシンの手の中にある紙の数字と一致していた。
「こんなに簡単に」
「大した手間でもなかった。
聖力もほとんど使ってないし」
言われた通りにしたけど、これで何がどうなるんだろう。
「うーん。
やっぱり聖女は凄いな。
見えていれば距離は関係ないのか。
危険物というよりはもう聖杯みたいなもんじゃないか」
シンがブツブツ言って手の中の紙を大事そうに財布にしまう。
「まあいいや。
これで資金問題は解決した。
早速新しい部屋を契約しよう」
レイナにはよく判らなかったがシンは満足そうだった。
何でもこの紙切れはシンが数年間働いて得るお金と同じくらいの価値があるのだそうだ。
異世界って判らない。




