21.後悔してない?
「ところで聞いておきたいんだけど、レイナは何であのとき僕に飛びついたの?
ほぼ確実に自殺でしょ」
何でと言われても。
「何も考えてなかった。
でも、絶望していたから」
「ああ、そうか」
「……」
聖女は神官以上に囚われ人だ。
一生、監視されながら過ごす。
少しでも疑われたら寝ている間に毒を盛られたり、何らかの方法で始末されるだろう。
大聖殿はそういう方法を持っているはずだ。
「後悔してない?」
「もちろん!
この身体を作れなくてあのまま消えてしまっていたとしても、ミルガンテで腐っていくよりはマシよ!」
レイナは思わず興奮して叫んでしまった。
慌てて口を塞ぐ。
「それは良かった。
巻き込んですまないと思っていたんだけど、杞憂だったみたいだね」
「それどころか感謝してもしきれない。
この先、何があってもあのままよりはマシだから」
興奮してしゃべりまくるレイナを落ち着かせたシンはとりあえずの方針を話した。
シンは今はサラリーマンだが、これから退職に向けて準備をする。
色々引き継いだりする必要があるので数ヶ月はあまり構ってやれない。
だからレイナはその間、日本のことを勉強すること。
特に日常会話程度は出来るようになって欲しい。
「それは」
「言葉が通じないとどうにもならないからね。
聖力では駄目なんでしょ」
「駄目ね。
色々と試してみたんだけど」
テレビという薄い板から流れてくる言葉を何とかして聞き取ろうとしたけれど無理だった。
聖力は万能の力だが、それは聖力を振るう者が理解したり判っていたりすることに限られる。
物理的な現象は実際に観ることができるから再現可能だ。
だが言葉は見えない。
「だったらまず幼児向けの教本から始めて、ある程度判ってきたら講座に通えば」
シンによれば、お役所が支援している外国人向けの日本語教室があるのだそうだ。
レイナの容姿は完全に外国人だし、どこか適当な国名を言っておけば生徒として受け入れられるはずだと。
「まあ、その前にレイナの身分を整えないといけないんだけどね」
「身分って?」
「国籍と言ってね。
ここは日本という国なんだけど、基本的に日本人以外は暮らすのに国の許可がいるわけ。
黙って住んでいたら不法移民ということで捕まって追い出される」
「困る」
「不法でなければいいんだよ。
だからそのために、まずレイナの存在を確定させる。
そして正式に入国したことを認定して貰って、その上で国籍か滞在許可を取る」
何の事かまったく判らないという表情のレイナにシンは笑いながら言った。
「後でね。
とりあえずレイナは言葉を覚えることに集中して」
それからシンはどこかに出かけて行って色々な本を買ってきてくれた。
数日後には大きな箱が届き、中には薄い板が入っていた。
「これは?」
「タブレットといってね」
判らない事だらけだったが、その頃になるとシンは会社の退職手続きが忙しいとやらで朝出かけて夜中まで帰って来なくなってしまった。
レイナは仕方なく黙々と日本語の勉強に没頭した。
飽きるとテレビを観て、お腹が空いたらシンが大量に買い置きしている食料を食べる。
ペラペラの薄い容器に入っている食料は、お湯を入れるだけで出来上がるという優れものだった。
レイナはすぐにその美味しさに夢中になった。
似たような形なのに中身は色々で、毎日食べていても飽きない。
レイナのお気に入りは平べったくて長い白い麺の上に揚げ物が載っている食べ物だが、それ以外にも好物と思える物があった。
ご飯と呼ばれる細かい白い粒にどろっとした粘り気のある液体をかけて食べるカレーという食事は、最初見た時は何だと思ったのだが、あまりの美味しさにしばし唖然としてしまったほどだ。
ミルガンテの食事って何だったのだろうか。
「こんなの全部インスタントだから。
そのうち外食に連れて行ってあげる」
これ以上に美味しい物があるというのか。
ならば頑張らねば。




